愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第4章 落花流水
兎に角帰らないと・・
着物の衿元と裾を掻き合せ、俺はまだ薄暗い部屋の中に、自分の袴を探した。
その時不意に、俺の手が大きな手に捕まれ、
「うわっ・・!」
そのまま引き寄せられ、俺の身体は再び広い胸に包まれてしまった。
「まだ早い。もう少しこのままで・・」
「で、でももう帰らないと・・」
俺だって、出来ることならそうしたい。
けど、他の使用人が起きる前に帰らないと、何を言われるか・・
「案ずることはない。後で松本の屋敷の近くまで、わたしが馬車で送って上げるから。だから、もう暫くここでゆっくりしていけばいい」
甘えちゃいけない・・
頭では分かっているのに、心は温もりを求めてしまう。
「君さえ良ければ、ずっとここにいてくれて構わないのに・・。どうだい、考えてみてはくれないか?」
俺が・・この屋敷に・・?
「勿論使用人としてだが・・、どうだろうか?」
「じょ、冗談が過ぎます・・」
この人の傍にいられたら、どれだけ幸せだろう・・
でも俺が松本の屋敷を出たら、智さんはどうなる?
あの、味方一人いない松本の屋敷で、きっと泣いて過ごすに違いない。
いや、そうばかりじゃないかもしれない。
でも今は・・智さんの居場所が分からない今は、あの屋敷を出るわけにはいかないんだ。
ああ、でもそれをどうこの人に伝えたらいいのか・・
俺が考えあぐねていると、それまで背中にあった手が俺の頭に移動して、髪をすくようにしてそっと撫でた。
「冗談だよ。駄目だな、私は・・。君を困らせることしか出来ないとは・・。情けない男だと笑ってくれて構わないよ」
違う・・それは違う・・
なのに上手い言葉が見付からなくて・・
「これに懲りずに、また遊びに来てくれるかい?」
俺の髪に頬を擦り寄せ、少しだけ苦しげに言った言葉に、俺はやっとの思いで首を縦に振った。
「あ、あの・・、私なんかがこんなこと申し上げるのは失礼かと・・。でも、旦那様は情けなくなんてありません。・・少なくとも私には、とても立派な方に見えます」
こんなことを言ったら怒られるんじゃないか、って思った。
でも、俺に温もりをくれるこの人は、
「そう言って貰えて嬉しいよ」
そう言って笑ったんだ。