愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第4章 落花流水
「‥ごめんなさい」
謝ることしか出来ない俺の手が引き寄せられ、俺の身体は広い胸に包まれた。
「君が謝る必要はないよ、私の我儘なのだから。私の方こそ、君を困らせてばかりで済まない」
俺の肩口に顔を埋め、謝罪の言葉を口にするのを、俺はどうすることも出来ず‥‥
規則正しく打ち付ける鼓動を、身じろぎすることなく聞いていた。
でも時の流れは残酷で‥
俺の至福の時間を根こそぎ奪っていくかのように、柱時計が無情の鐘を打ち鳴らした。
「もう帰らないと‥」
あまり遅くなると、俺はともかくとしてこの人に迷惑がかかってしまう。
名残惜しさを感じながら、胸に寄せた頬を離すと、開け放った障子窓から吹き込む冷たい風が、俺の頬を撫でた。
「あの‥、今日はありがとうございました。夕食までご馳走になってしまって‥なんてお礼をしたらいいか‥。
‥‥えっ‥?」
俺の身体がふわりと浮き上がり、突然の出来事に咄嗟に伸ばした手が、相葉雅紀の首に巻き付いた。
「あ、あの‥」
「今夜はもう遅い。泊まって行きなさい」
「で、でも、そんなことをしたら私が叱られます」
「明日の朝早くに戻れば問題はないであろう?」
それはそうだけど‥
戸惑う俺を腕に抱いたまま、相葉雅紀は座敷を出ると、母屋のある洋館に向かって歩を進めた。
「あ、あの‥、分かりましたから降ろしてください。こんな所を誰かに見られでもしたら‥」
「私はそれでも構わないが‥君がそう言うなら仕方がない」
眉を寄せ、少し困ったように笑って、相葉雅紀は俺を床へと降ろした。
「私の部屋は二階にあるんだ。昼間なら、ずっと遠くの山並みまで見渡せる、とても見晴らしの良い部屋なんだが‥。流石にこの時間では‥‥」
俺の手を引き、階段を昇りながら、心底残念そうに言うのがなんだか可笑しくて‥
こっそり笑いを堪えていると、不意に前を歩く相葉雅紀の足が止まった。
「ここが私の部屋だ。入りなさい」
細かな彫刻が施された扉が開き、俺の背中がそっと押された。
「どうだい、中々だろう?」
初めて足を踏み入れた相葉雅紀の部屋は、とても甘い香りに満ち溢れていた。
あのキャンディーのような甘い香りに‥‥