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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第4章 落花流水


「君が楽しげな表情(かお)をするところがみたくてね」


そんなこと言われたのは初めてだった。

今まで俺のことをそんな風に見てくれた人なんて、誰一人としていなかったのに‥


俺は次第に熱くなる顔を誤魔化すように小さく笑うと、手に持っていた箸を置き、手を合わせた。


「ああ‥そうだ。それと、ひとつ君に願いがあるのだが‥」


俺の目の前に、少し骨ばった大きな手がされる。


「何でしょう‥?」

俺なんかに願いだなんて‥
一体何を‥?


迷うことなく差し出された手を取った俺は、見下ろす双眸に向かって小首を傾げてみせた。


「その‥旦那様と言うのはやめにしないか?私は君の主人ではないのだから‥別の呼び名で呼んで貰えると有難いのだが」


思ってもいないことだった。

確かにこの人は俺の主ではない。

でもだからと言って、俺とこの人との間に立ちはだかる身分の差は、どうしたって変えられやしないのに‥

もし仮に、俺が智さんのようにこの人のことを”雅紀さん”と呼んだら、この人はどんな顔をするんだろうか?

自分の元を去っていった恋人を思い出して、また寂しげに瞼を伏せてしまうんではないか‥

そんなの嫌だ‥


「いいえ、それは出来ません。私のような身分の低い者が、旦那様のように高貴な方にそんなこと‥。それに人が聞いたらどう思うか‥。旦那様の品位が疑われることになってしまうやもしれません。だから‥」


そう言ったきり俯いてしまった俺の髪を、大きな手が撫でる。


でもその優しさが、今は痛い‥


「そうか‥、そうだね?君の思いも知らず、少々急ぎ過ぎたのかもしれないな‥。でもね、二宮君。私はあの子‥智の時もそうだったのだが、身分の差など、一度たりとも考えたことはないんだよ?」


分かってる‥

貴方が分け隔てすることなく、誰に対してもその優しさを分け当てることが出来る人だ、ってことを俺は知っている。

だからこそ貴方を、あの人と同じようには呼べないんだ。

漸く晴れてきた貴方の心を、再び曇らせたくはないから‥‥
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