愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第4章 落花流水
何ということもない夕餉(ゆうげ)の膳だというのに、二宮くんは物珍しそうに
「こんな美味しいもん‥食べたことないです‥。」
と言って、椀の中のものを箸でつまんでは口に運んでいる。
にこにことしながら料理を口にする姿を見ていると、自分までもが知らず知らずのうちに箸が進んでいた。
「私も食事が美味しいと思ったのは久しぶりな気がするよ。」
何を食べても砂を噛むようだったのに、不思議なものだ。
「こんなに美味しいのに‥勿体ない‥。」
少し呆れたような口ぶりで、くすりと笑う。
‥可愛らしい表情(かお)もするのだな‥
食事を共にしただけだというのに、料理を口にしてはその味で色んな表情を見せてくれる二宮くんに少し興味を引かれた。
「夕餉を済ませたら、私の部屋ものぞいてみるかい?君が面白いと思うものがあるかもしれない。」
そうすれば、また新しい表情をみせてくれるかも知れない‥そんな期待を抱いてしまう。
けれども、それを聞いた彼は驚いた表情(かお)のまま、何を考えてるのか分からないといった風に、私の顔をじっと見つめて
「さすがにそこまでは‥‥」
と口籠もってしまった。
「‥正直に言おう。私が来てほしいと思っているんだよ。君が楽しげな表情(かお)をするところが見たくてね。ちょっと我が儘が過ぎたかい?」
驚いた様子ですら‥私の心を和ませてしまうのだから。
それに二宮くんには寂しげな表情(かお)は似合わない‥そう思った。
「じゃあ‥少しだけ‥‥でも私の顔なんか見ても仕方無いのに‥」
照れたように少し笑った彼は箸を置くと、ご馳走様でしたと小さな手を合わせていた。
私も久しぶりにまともに食事を摂ったような気がして箸を置くと、同じように手を合わせる。
それを見ていた彼と目が合うと、自然に笑みが零れていた。
何とも言えない穏やかな営みが、心地のよいものだった。
「ああ‥そうだ。それと、ひとつ君に願いがあるのだか‥。」
立ち上がりかけた彼を振り返ると、手を差し伸べる。
「何でしょう‥?」
その手を取った二宮くんは不思議そうに首を傾げる。
「その‥旦那様というのは止めにしないか?私は君の主人では無いのだから‥別の呼び名で呼んで貰えると有り難いのだが。」
私の言葉に彼はいよいよ困ったような表情(かお)になってしまった。