愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第4章 落花流水
俺の身体を包んでいた羽織を脱ぐと、夕暮れ時の冷たい風が、薄い絣の着物には冷たくて・・
さっきまで俺を包んでいた羽織が、どれだけ温かかったことか・・
俺は一つ身震いをすると、相葉雅紀に向かって深々と、それは丁寧に頭を下げた。
「気をつけて帰るんだよ」
「はい。今日は‥ありがとうございました」
優しい眼差しに見送られ、俺はしんと静まり返った町に、下駄の音を鳴らした。
懐に入れた山吹色の小箱を、落とさないようにしっかりと胸に抱いて・・
松本の屋敷に戻った俺は、一目散に使用人部屋に駆け込むと、周囲に誰も居ないことを確認してから、懐に仕舞ってあった小箱を取り出した。
和紙で装飾された箱を破って仕舞わないようにそっと開け、中のキャンディーを一つ取り出すと、その透き通った丸い小さな玉を、薄暗く揺れる行燈の光に透かしてみる。
「うわぁ・・、なんて綺麗なんだ・・」
透明な小さな玉は、行燈の光を受け付けてキラキラと輝き、まるで万華鏡を見ているようだった。
「こんなに綺麗なのに、食べちまうなんて・・」
勿体ない・・
そう思いながらも、恐る恐る口に含んでみる。
すると口の中に、一気に甘い匂いと味が広かって・・
俺は思わず両頬を手で抑えた。
それは今まて味わってきた何よりも甘くて、幸せな気分にさせてくれる・・まるで魔法のようなそんな味だった。
こんなに美味いもん食ったの・・生まれて初めてだ。
口の中でキャンディーを転がし、壁際に積み上げられた布団の山に背中を凭せかけると、突然俺の脳裏にあの人・・相葉雅紀の、いつか見た木漏れ日のような笑顔が浮かんだ。
でもその柔らかな眼差しが見つめていたのは、俺じゃない・・智さんだ。
いつか・・
いつか俺もあんな風に微笑みかけて貰えるのだろうか・・
あの腕に包まれる事が出来るのだろうか・・
いや、駄目だ・・
俺なんかがあの人の隣に立つなんて・・許される筈がない。
俺はあの人から貰ったキャンディーの箱を、着替えやらが仕舞ってある長持(ながもち)の中に、そっと仕舞った。