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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第4章 落花流水


和也side


初めてだった。

甘いビスケットも、温かいお茶も‥

それから‥
こんなに人に優しくされたのも‥

全部初めてだった。


それが本当は全部智さんに向けられる筈の物だったとしても、俺はたまらなく嬉しかった。


でも俺には、この人に‥

愛する人に最も残酷な方法で傷つけられたこの人に、何一つ返すことが出来ない。

それがどうにも心苦しくて‥
申し訳なくて‥


「旦那様‥私、そろそろお屋敷に戻らなければ‥」


ずっと手に持ったままだった冷えた湯吞みを茶托に戻すと、少しだけ腰を上げ、切り出した。


本当はもう少しここに‥この人の傍にいたいのだけど‥

でもそんな我儘が、この俺に許される筈がない。


「‥そうか‥すっかり引き留めてしまって悪かったね‥」


心なしか寂しげな声に、俺の胸がチクリと痛む。


「いえ‥ビスケットなんて珍しいものを食べさせていただいて、美味しかったです」


噓じゃない。

初めて口にしたビスケットは、とても甘くて、口の中に入れるとあっという間に溶けてしまって‥

あの味を思い出すだけで、自然と笑みが浮かぶ。


「そうかい‥だったら、これを持って帰るといい」


不意に手を掴まれ、懐から小箱を取り出すと、俺の掌の上に乗せた。


「あの‥これは‥‥?」


それはとても綺麗な、山吹色の和紙で飾られた小箱で・・

俺がその小箱をしげしげと見つめていると、


「キャンデイといってね‥とても甘いものだ」


相葉雅紀はその顔をほんの少しだけ綻ばせた。

これもきっと智さんのために・・


「そんな高級なもの‥いただけません‥」


慌てて小箱を返そうとした俺の手が、小箱毎大きな手で包み込み、


「これはもう‥私が持っていても仕方の無いものなのだ。迷惑は承知の上‥だが、よかったら貰ってはくれまいか」


そう言って頭を下げた。

俺なんかに向かって・・

何の身分も持たない、ただの使用人の俺に・・


「‥‥わかり‥ました」


俺の手を包んだ大きな手から、痛い程の哀しみと苦しみが伝わって来て・・


俺は仕方なくその小箱を懐に仕舞うと、相葉雅紀に向かって一つ頭を下げた。



相葉雅紀に手を引かれるようにして離を出ると、あんなに明るかった空は、すっかり茜色に染まっていて、庭を埋める木々を赤く照らしていた。
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