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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第4章 落花流水



私はよく智の髪をこうして直してやっていたから、何の違和感を感じることもなかったが、驚いた様子の二宮くんは視線を彷徨わせてしまった。


よく見れば季節外れの絣の着物は所々擦り切れていた。



‥親は‥一緒にはいないのだろうか‥。

松本の家で貰う給金ならば、そう不自由はあるまいに。


‥‥そうだ‥


「今日は何時(なんどき)までに戻らなければならないのかい?」

柔らかな髪から手を離してそう尋ねる。


「あの‥夕暮れまでには‥‥」

彷徨った視線を一瞬あげた彼は、そう言うとまた目を伏せてしまった。


ならば‥もう少しだけ‥‥


「せっかく私を訪ねてきてくれたのに、何の持てなしもしていなかったね。少しだけ‥ここで待っていてくれるかい?何か温かいものを持ってこよう。」


私は屋敷に戻ると、温かい茶とビスケットを用意させると、部屋に戻って大事にしまっていた小箱を懐に入れ、離にとって返した。



襖を開けると、所在無げにしていた二宮くんが、はっとしたように顔を上げる。

そしてふわりと湯気の立つ盆の上を見ると、慌てて立ち上がろうとした。


「そのままで‥ほら、少しだが体が温まる。」


手にしていた漆塗りの盆を畳の上に置くと、障子窓のそばからにじり寄ってきた彼は、それと私の顔を見比べ‥

「こんな‥私には勿体無いことです‥」

消え入るような声でそう言うと、畳に付いた手を袴の上に戻してしまった。


「遠慮はしないでおくれ‥私の我が儘で引き留めているのだから。」


盆の端を少し押して勧めると、

「‥ありがとう‥ございます。」

僅かに表情を和らげてくれた。


そして羽織の中から遠慮がちに手を出すと、小さい掌で湯呑を包む。


「あたたかい‥。」

ほっとした溜め息と共に洩れた声が、冷え切っていた部屋と、私の心のなかに柔らかく響いた。



湯呑茶碗から立ち昇る僅かな湯気と、二宮くんが時折遠慮がちに零す笑みで、少しだけ温もりを感じられる部屋で‥陽の傾きが時間(とき)を告げるまで‥


私は‥心休まる時間を過ごすことができた。


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