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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第4章 落花流水



昼間だというのに翳りを落とす部屋の中。

襖を開けた部屋の中を見た青年は、ぶるりと身震いをした。


「すまないね‥少し寒かったかい?」

薄い絣の着物だけの肩に、自分の着ていた中羽織をかけてやる。

智と背格好の変わらない彼には少し大きすぎたそれは、すっぽりと身体を覆ってしまった。


「そっ‥そんな‥滅相もございません。それでは旦那様が‥」

驚いた青年が慌てて羽織を取ろうとする手を押さえ

「ここは冷える‥温かくしてなさい。」

と外しかけた羽織を元に戻してやった。


智にもよくこうしてやったものだ‥

私の身体で温められた羽織に包まって、嬉しそうに微笑んでいた。


すると羽織の中にあった白い手が伸びて、私の頬に当てられ‥。


「‥‥あの方を思い出しておられるのですか‥?」

知らず知らずのうちに愛しい人を思い出し、溢れ出してしまったものをその指が掬い取ってくれる。

少し冷たい指を‥他のどんなものより温かく感じてしまった。


「ああ‥智にもよく衣を掛けてやっていた‥。彼は夢中になると、何もかも忘れてしまう質(たち)でね。」

そう言って目を伏せると、また想いの雫が溢れてしまう。


「‥そんなに大切にされていたのに‥」

がらんどうになってしまった部屋の中の空気を‥私の心を震わせてしまうような声。

その苦しげに響く声が、私の中で行き場を失ってしまった想いの堰を切る。


「そうだ‥でも私にはどうすることもできなかったんだよ‥。流れてゆく心は止められなかったのだ。どんなに愛しいのだと叫んでみたところで‥もう智は戻っては来まい‥。」


どうしてこの青年にこんなことまで‥


「だけどっ‥貴方様はまだ‥っ‥こんなにも想いを寄せてるのにっ‥」

私の涙を掬ってくれていた温かな指が、きゅっと握られる。


「仕方の無いことなのだ‥智はね、初めて会ったあの日から自分の名前すら教えてくれなかったのだ。‥歳も知らない。あの人は最初から‥ここに‥私のもとに留まるつもりなどなかったのかもしれない。私にとっては‥すべてが幻だったんだ。」


だけどたったひとつ‥智という存在が本当にいたんだという証‥


衣紋掛に掛けてある小さな背広を振り返る。

それは初めて会ったあの日に彼が着ていたものだった。


私の視線に導かれてそれを見た青年は、小さく息をのんだ。


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