愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第4章 落花流水
雅紀side
木立の中に消えてゆく2人を見て、愛しい人はもう私のもとへは戻っては来まいと、早々に松本の屋敷を後にした。
一人で馬車に乗りこむのを訝しげに見る従者に目配せをすると、少しだけ軽くなったそれは、軽やかに石畳の上を走った。
翌日、松本の使いの者が訪ねてきて‥私の愛しい人の持ち物までも奪い去っていって‥‥
ただ‥ひとつのものだけを除いて全てを託した私は、想い出しか残らない薄暗い部屋で、愛しい人の息づかいを思い出し、幻を追う日々を送っていた。
そして今日もまた‥幻を抱きに離れに足を向けた時だった。
庭先で使用人と話す人の声が聞こえてきて‥
覚えのあるその声に何気なく歩みを進めると、あの時私にハンカチを差しだしてくれた青年の姿が見えた。
ああ‥あの日のことを知っているのは私と彼だけなのだな‥
私の哀しみをただ一人知る青年‥。
その心中を慮るように見つめる彼の眼差しに、私の心がさわりと揺れた。
「こんな所で立ち話もなんだ。着いて来るといい」
この青年に話したからといって、どうにもならないことは百も承知なはずなのに、愛しい人の気配の残る部屋へ彼を連れ立って‥
毎日のように人目を忍んで通う、離れの戸口の鍵を開ける私の手元が震えてしまうのを見た彼は、気の毒そうに視線を伏せてしまう。
「さ、入りたまえ」
戸惑った表情(かお)で戸口の前で立ち止まってしまった青年の背中に、軽く手を添えた。
「‥私みたいな者が‥いいのですか‥?」
西洋の人形にも似た薄茶の瞳で、不安そうにこちらを見上げている。
「いいのだ‥どうせ何も残ってはいない。ただの‥離に過ぎないのだから。」
なのに何故だろう‥
私はここに縛りつけられたままなのだ‥。
愛しい人の幻に
捕らえられたまま‥
彼を閉じ込めていた籠の中に、私自身が閉じ込められてしまったかのようだったのだ。