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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第4章 落花流水


「あの、旦那様は御在宅でしょうか?約束などは交わしていないんですが・・」


俺が一つ頭を下げると、使用人らしき男は、益々訝しげに顔を歪ませて、


「約束も無しに?はて、ご用向きは?何方かのお使いかな?」


如何にも見下したような・・怪訝そうな声で言った。


どうする・・
ここで松本の名を出してしまってもいいものか・・

それとも馬鹿正直に・・?

それこそ門前払いだな。


考えあぐねていた、その時だった。


「おや?君は何時ぞやの・・?」


聞き覚えのある声が、玉仕立てに刈られた庭木の向こうから聞こえて、俺は慌てて姿勢を正すと、声のした方に向かって深々と頭を下げた。


「はい、先日晩餐会で・・。それで、あの時旦那様にお預けした物を、返して頂こうと思いまして・・」


俺の言葉に、使用人の男が箒を手に、今にも殴りかかる勢いで俺を睨めつける。


でもそれには構わず、相葉雅紀は草履履きの足で、浦波色(うらばいろ)の着物の裾を捌きながら、こちらに向かって歩を進めた。


「こんな所で立ち話もなんだ。着いて来るといい」


ついこの間まで、智さんに向けられていた優しい声は、心なしか艶を失くしていて・・

前を行く背中は、一回りも二回りも小さくなったような気がする。

やつれた・・

それがあの日以来、始めて見た相葉雅紀の印象だった。


「入りなさい」


相葉雅紀が庭の裏手にある、離のような、小さな建物の前で足を止めた。

智さんが、少なくとも愛された時を過ごした、あの場所だ。


「ここはね、先日話した、私が唯一愛した人が住んでいた家なんだよ。もっとも、彼がこの屋敷を出て行ってからは、すっかりあかずの間になってしまっているがね・・」


懐から出した鍵を鍵穴に差し込む。

その手が、少しだけ震えているように見えるのは、俺の気のせいだろうか・・


「さ、入りたまえ」


相葉雅紀の骨張った大きな手が、俺の背中を押した。
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