愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
「行ってしまったね…。そろそろおれ達も出ようか?」
馬車が見えなくなっても、尚も名残惜しくて手を振り続ける僕に、翔君が言った。
「うん…」
頷いた僕の肩から翔君の腕が離れ、代わりに暖かな手が僕の手を握った。
そして人目を憚ることなく僕の額に口付けると、固く握った手はそのままに、僕達のために用意された馬車に向かって一歩を踏み出した。
「あ、ちょっと待って…?」
「どうしたの? 何か忘れ物でも?」
急に足を止めた僕を、翔君が覗き込む。
「ううん、そうじゃなくて…」
僕は翔君の問いかけにそれ以上答えることなく後ろを振り返ると、白い翼を広げように立ちはだかる屋敷を見上げた。
きっとあの人は今もどこかで僕を見ている筈…
いくつも並ぶ窓を端から順に見ながら、僕はその人の姿を探した。
でもそんなに簡単に見つけられる筈もなく…
「智、もしかして兄さんを…?」
言われて一瞬視線を戻した僕は、直ぐにもう一度屋敷の窓を見上げた。
「智が会いたいなら、おれ…」
呼んで来ようか…、と屋敷に戻ろうとする翔君を引き止め、
「ううん、いいんだ…」
首を横に振った僕は、どこかにいるであろうあの人に向かって頭を下げた。
いつかまた会える日が来たら…、その時まで…
心の中で呟きながら…
「行こう?」
「あ、うん…」
今度は僕が翔君の手を引き、待ち兼ねたように嘶きを上げる馬車に乗り込んだ。
御者が手綱を取り、馬車が車輪を軋ませ動き出し、つい今しがた和也達を乗せた馬車が通ったばかりの門を潜った。
砂を蹴る蹄の音と、車輪の軋む音に紛れて、門が閉じられる音が聞こえたような気がして…
僕はほんの一瞬、後ろを振り返った。