愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
「これは…、当主自ら頭を下げられたのでは、幸せにしならないわけにはいかないね、和也?」
「はい、雅紀さん」
僕が見守る前で、差し出された雅紀さんの手を取る和也…
その横顔がとても幸せそうに見えて…
これで僕の役目は終えたんだという安心感からか、堪えていた涙が頬を伝った。
そんな僕に気付いたのか、翔君がそっと僕の肩を抱き寄せた。
「では、そろそろ行くとしようか…。忘れ物はないね?」
「はい。あ、でもちょっとだけ…」
馬車に向かって進めた歩を止め、和也が僕を振り返った。
そして、
「智さん、俺…俺…」
涙で声が詰まって言葉が出てこないのか、和也がきつく握った拳で何度を目元を擦る。
別れが悲しいわけじゃない。
生きてさえいれば、いつかまた再会出来る。
なのに涙が溢れるのは、きっと幼い日の苦労が走馬灯のように駆け巡っているんだろうな…
長く時を共にした僕だからこそ分かる、和也の思い…
僕は涙に濡れた顔に、これ以上はない笑顔を作り、
「和也、幸せにおなり?」
つい数分前に自分が言われた言葉を、そのまま和也に向けた。
すると和也は涙に濡れた頬を手で拭い、
「智さんも…」
そう言って笑みを浮かべ、
「智さんもどうかお幸せに…」
ついさっき僕が雅紀さんに返したのと同じ言葉を口するから、ついつい笑ってしまう。
「智のことなら心配はいらないよ。おれが必ず、誰にも負けないくらい幸せにするから」
和也の言葉に、うんと頷いた僕の肩を、翔くんの腕が更に強い力で抱き寄せた。
「だから安心して行っておいで?そして今まで出来なかった分、沢山のことを学んでおいで?」
「はい、行って参ります!」
きりりと引き締めた表情で、もう一度僕達に頭を下げた和也は、踵を返すと、先に馬車に乗り込んだ雅紀さんの元へと、真新しい袴の裾を翻し駆けて行った。
「達者でね、和也…」
二人を乗せた馬車がゆっくりと動き始め、僕は新たな世界へと一歩を踏み出した二人を見送るように、大きく手を振り続けた。