愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
「待たせて済まなかったね。和也、御挨拶は済ませたかい?」
雅紀さんが和也の手から風呂敷包みを受け取り、あの人が用意させた物だろう、真新しい着物を纏った和也を見下ろす。
その目はつい先刻まで僕に向けられていた物とは違う、優しくて…、何より情愛に満ちている。
なのに和也ときたら…
「御挨拶ならとうに済ませました。おかげで待ちくたびれてしまいました」
唇を尖らせ、頬をこれでもかというくらい、ぱんぱんに膨らませた。
僕は和也のそんな顔を見たのは初めてで…
僕は少しだけ背伸びをすると、雅紀さんの耳元に口を寄せ、
「道中、和也に焼き尽くされないようになさって下さいね?」
小声で囁くと、悪戯っぽく笑って見せた。
和也の横で、翔君が鬼の形相をしているとも知らずに…
「さあ、そろそろ行こうか?これから和也がどんな所で生活するのか、私も見ておきたいからね」
そうか…、二人もこれから遠く離れて暮らすことになるんだ…
それも、和也は誰一人と知る者のいない土地で…
さぞ不安を抱えていることだろう…
和也の心中を慮ってふと和也に視線を向けると、そこには期待に目をきらきらと輝かせ、凛として佇む和也の姿があった。
もうあの頃の…、僕の後を泣きながら着いて来た、幼い和也はどこにもいないんだ…
少しの寂しさと、それにも勝る程の喜びに、目頭が熱くなる。
僕は和也の横に並び、雅紀さんに向き直ると、
「大野家の当主として…、雅紀さん、和也のことを宜しく御願いします」
頭を下げた。
まだ当主と名乗れる程の身分は、正直なところ今の僕にはない。
でももし父様や母様が生きてらしたら、きっと今の僕と同じ様にした筈。
「智…さん…」
「僕にとっては、唯一の…肉親にも勝る存在です。なので、どうか…どうか、和也を幸せに…」
僕に与えてくれたように…、ううん…、それ以上の愛を和也に…
それさえ叶えば、他に望むことなんて僕には有りはしない。