愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
「昔、翔も読んでいたものだ。まだおまえには早いかもしれないが、その内読めるようになるだろう」
「私が…お借りしても、宜しいんでしょうか?」
彼は差し出された本を受け取り、困惑したまま、おれと兄さんを交互に見る。
「いいさ、なぁ翔?」
「いいよ、懐かしいものだけど、書棚に置いていても宝の持ち腐れだからね。読んでもらえる方がうんといい」
おれだけに向けられていた優しさが和也にも向けられたことが嬉しくて、自然と声が弾んでしまう。
強くて、優しい…おれの兄さん
和也はおれたちのやり取りを聞くと、それを胸に抱き締めて。
「ありがとうございます…!御恩は一生忘れません!」
また深々と頭を下げた。
それを見た兄さんは少し笑って
「もう、翔も出掛けるのか?」
と、出発を訊ね、窓の外の気配に耳を澄まる。
「ええ、じきに。雅紀さんが智を連れてきて下さるので…」
「そうか…」
「兄さんも見送られますか?」
智が葉山へ旅立つのを気に掛けていてくれた様子だったから、そう訊ねてみたけれど
「いや…俺はここからでいい。智が会ってもいいと思える日まで…俺から会うことはない」
と静かに首を横に振り、窓辺を振り返る。
すると遠くから馬蹄が石畳道を弾く音が聞こえてきて…
顔を上げた和也もおれも同じように、明るい陽射しを透かす窓辺へと視線を移した。
「来られたようなので…行って参ります」
窓辺へとゆっくり歩いていく兄の背中に声を掛ける。
「ああ…頼む」
兄さんは振り返ることなくそこに佇み、歩みを緩めた馬車を見下ろしていた。
おれは兄さんなりの別れの時間(とき)を邪魔しないよう静かに木扉を閉めると、風呂敷包を抱えた和也を連れ、玄関へと降りた。