愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
その日の夜、ずっと考えていたことを話そうと、遅くに帰ってきた兄さんの部屋を訪ねた。
疲れていた様子だったけど、背広を脱ぎ長椅子に腰を下ろすと、
「何か揉めごとでもあったのか…?」
硝子に注いだ洋酒を口に含みながら、問い掛けてくれる。
おれはその隣に座ると
「時期をみて話そうと思ってたことなんだけど…、軽井沢の居留地に、おれも家を建ててもらえないかなって思ってるんだけど、いいかな?」
そのことを切り出した。
すると突拍子もないおれの話に片眉を上げた兄さんは、手の中の液体を揺らしながら
「あんな辺鄙な土地にか?」
思案するように聞く。
辺鄙な土地か…
「うん、でも静かな場所だって聞いたし、色んな人達が別荘地にしてるって」
「まぁ…うちも一枚噛んでるから、できないことも無いが。でも別荘にするなら葉山辺りがいいんじゃないのか?」
「葉山…?」
「ああ…、あそこには大野家が所有してた別荘がそのまま残ってる」
硝子の中の揺らぎを見つめていた眼差しがゆっくりとおれを捉え
「…え……」
その優しさに言葉を失った。
「おまえが欲しいのは別荘じゃなくて、智を住まわせる場所なんだろう?」
「…兄さん…どうして、それを…」
「俺だって馬鹿じゃない。あの男に会ってきたよ」
「兄さんが…智に…?」
「他に誰がいるっていうんだ?」
おれが想像すらしていなかった兄さんの言葉に、どう返事をすればいいのか迷っていると
「智には済まないことをしたと…思ってな」
ぽつりと…胸の内の苦しみが謝罪の言葉になって、零れ落ちた。
「兄さん…」
「全ては松本の…先代のしたこととはいえ、その血を受け継いだ俺が責任を負うべきだと思ったんだ。奪ってしまったものを全てを取り戻すことはできないけど、智が赦してもいいと思ってくれる日まで償っていかないといけないだろう」