愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
だけど、今更ながらの問いに
「わざわざ歳の離れた弟に話して聞かせるようなことでもないだろう。知らない方が幸せだってこともある」
事も無げにそう答えると、手の中で揺らしていた硝子の中の液体をぐいっと呷る。
「でも兄さんは…ずっと苦しかったんじゃないの…?」
幼い頃から醜い大人達の有り様を知って…
どうすることもできない自分の弱さを知って…
「さぁな…、もうどうでもいいことだ。どっちにしたって、あの男は死んだんだ」
兄さんは全てを諦めたように深い息を吐き、さっきみたいな激情を微塵も見せない様子でそう言った。
「憎んでたの?父様のこと…」
「慕っていたように見えるか?」
「いや…」
「あんな男…死んで当然だ。あいつは自分の慾望を満たす為に、多くの人間を苦しめてきたんだ…。でも…まさか人殺しまでしてるとは思いもしなかったが」
でも淡々と話す言葉の端々には、父様への憎悪が滲んでいた。
おれは殆ど関わることがなかったから、憎しみこそ無いものの、その逆親愛の情もなくて、それを一身に受けてきた兄さんの感情とは、大きな隔たりがあったのを感じた。
「そして俺はあの男に似ているらしい…」
暫くの沈黙の後、薄く笑った兄さんの言葉にはっとなって顔を上げると、それまでとはがらりと表情を変えて、酷く哀しい顔をしていて
「兄さん…」
おれは、初めて見せた気弱な姿に掛ける言葉が見つからなかった。
「澤は自分が受けていた仕打ちと同じような有り様の智を見て、憎み…蔑んできた父親と同じことをしてる俺に気がついたんだろう」
深く…傷ついてる…
否定し続けてきた存在なのに、それが自分の中にいるっていうのは、きっとすごく苦しいに違いない。
でも澤は優しさも併せ持つ兄さんなら、自分の中で育ってしまった魔物に気付き、鎮めることができるって信じてたんだと思った。