愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
「母上の様子は?」
兄さんは長椅子に座るよう目配せすると、病身の母様を気遣う。
「…すごく、泣いてた…」
「そうか…繋がりは薄いとはいえ、夫婦には違いないんだ。涙の一つも零してくれなきゃ、息子としては切ないものがあるが…そんなに、か」
「母様は父様のことを悪く仰ったことはなかったし、おれには父様のことを愛してらしたように見えたかな…」
子供のおれには解りにくい愛情があったって信じたかった。
でもそれは兄さんには理解し難いのか、諦めたように僅かな笑みを洩らしただけで、否定も肯定もしてはくれず。
「母様は知ってたのかな…、父様と澤のこと」
おれは踏み込んではならないことだって解ってても、つい…そう口にしてしまった。
「さぁな、母上がどこまで知っておられたのかを聞くのは酷な話だし、今更聞いたところでどうしようもない」
「そうだね…おれも、母様の口から聞くのは偲びないかな」
夫の不貞を咎めることなんて許されない。
特に病に伏しておられた母様は、妻としての役目を果たすこともままならなくて、そのことで人一倍、引け目を感じてらした筈だもの。
「いいんだよ、そんなものは知らなくて」
おれ以上に、その有り様を見てきた兄さんは、触れてはいけない傷に近づくことを禁じた。
その大人の男としての思慮と強さは…
どこからくるんだろう
羨望の眼差しで見つめ続けてきた兄の背中を、殊更に大きく感じた。
色んなものを背負ってきた背中。
おれも一緒に背負わなきゃならなかったものまで、一人で背負い続けてきた兄さん。
だから
「兄さんは澤のこと…、どうしておれに話してくれなかったの?おれだけ何も知らなくて、のうのうと暮らしてたんだって思うと、どうにもやり切れるなくて」
さっき初めて知ったその事を何も知らなかったことにも、尚更自責の念が芽生えずにはいられなかった。