愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
翔side
「兄さん、入ってもいい…?」
主人を喪くした屋敷全体が深い悲しみに沈み込み、ひっそりと静まり返る中、おれは隣の部屋の堅い木扉を叩く。
そしてなかの気配にじっと耳を澄ましていると、しばらくの沈黙の後、
「あぁ…好きにしろ」
微かな声がした。
すごく気怠げで疲れた声は、今日一日のうちに起きた出来事の諸々が、兄さんにとって相当な心労をもたらしたんだってことを物語っていた。
おれは息を吸い、ゆっくりと重めのそれを押してなかを覗く。
広い部屋の中には小さな明かりが一つ灯っているだけで、長く伸びた影の先は暗闇へと吸い込まれている。
兄さんは長椅子に腰掛け、綺麗な硝子を手にしていた。
「お酒…飲んでたの…?」
慣れない薫りの飲み物は、舶来物だってのはすぐにわかって…
「疲れたからな…」
吐く息と共に言葉を洩らした兄さんの顔には、疲労が色濃く翳りをつくっていた。
突然の惨劇の衝撃と混乱に浮き足立ってしまった使用人達を采配し、動揺した祝宴の客たちへの応対までの殆どを一人でしていた兄さん。
その堂々とした姿に異論を唱える者は一人としてなくて、誰もが若き当主となる兄さんを尊敬の眼差しで見つめていた。
それに比べ、来客の見送りを済ませたおれは、兄さんに連れられ母様の寝室へ行くと、主人の死を告げられ悲嘆に暮れる病身を慰めることしかできなくて。
「おれがあまり役に立たないものだから、足手まといにしかならなくて…ごめんなさい」
松本の人間らしく振る舞うようにって言われたことを何一つできなかったことに、気持ちが沈み込んでいた。
でも兄さんは、そう謝ることしかできないおれに、
「いや…それでも母上の傍に付き添ってくれてたじゃないか…。俺にはできないことだ」
労るような眼差しを…
優しい言葉をくれた。