愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第13章 雲外蒼天
智side
僕のために客間に床を用意してくれると言う申し出を断り、僕はあの住み慣れた離れに身を置くことを選んだ。
雅紀さんは勿論、雅紀さんの御両親も、僕がそれを望むならと、反対することはしなかった。
でもやはり雅紀さんのお母様は、隙間風の冷たさに僕が凍えてやしまわないだろうかと、雅紀さんの両手に抱え切れない程の綿入れと布団を持たせ、雅紀さんにも離れで寝起きするよう言い付けた。
それには流石の雅紀さんも驚いた顔をしていたけれど、恐らくは、僕が一人きりで寂しがると案じてのことだろうと、仕方なく…だとは思うけれど、受け入れた。
「どうだい、久しぶりにこの部屋に戻った気分は」
漸く空いた手で肩を揉みながら、僅かに開けた障子窓から庭を眺める僕に言った。
「不思議‥ですね?あれからまだそう大して時が経ったわけでもないのに、とても懐かしく感じます」
部屋の造りこそ変わらず、僕がこの部屋を出た時のままの光景を留めているものの、そこに僕の物など何一つ残されてはいない‥、それなのに懐かしさを感じるのは何故だろう‥
「そうだね、私も智がそうして窓の外を眺めている姿が、とても懐かしく感じるよ」
「雅紀さん‥も?なんだか意外だな‥。雅紀さんは過去を懐かしむような人じゃないと思ってたから‥」
「おいおい、失敬だな。私だって過去を懐かしんでは、物思いに耽けることだってあるのだよ?」
普段は使用人に任せ切りで、床の準備なとした事の無いであろう雅紀さんが、積み上げられた布団を前に悪戦苦闘しながら眉を下げる。
その姿がなんとも可笑しくて‥
僕は障子窓を閉めると、まだ完全には敷き終えていない布団の上に寝転がった。
綺麗に糊付けされた敷布に顔を埋め、くんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと、微かに太陽の日差しのような香りが鼻先を掠めた。
雅紀さんの匂いと良く似てる‥
僕は今にも睡魔に負けそうな瞼を擦り、未だ布団と格闘を続ける雅紀さんを見上げた。
「ありがとう、僕をここに連れて来てくれて‥」
あれ程までに純粋に僕を愛してくれた貴方を裏切り、心に深い傷を付けた僕を、許してくれて‥
ありがとう‥
言葉にならない思いを、僕は雅紀さんの広い背中に伝えた。