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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第13章 雲外蒼天


「父上、只今戻りました」

「入りなさい」

板張りの廊下に膝を着き、雅紀さんが障子戸を引く。

瞬間、僕は言い知れぬ緊張感に身を固くした。

そんな僕の様子を察したのか、雅紀さんが僕の手を引き、座敷の中へと促した。

「大方の話は聞いているが、災難だったようだな」

「ええ、私もまさかあんな事が起こるとは‥。残念です」

松本家での出来事を言っているんだろう、二人の顔が無念を訴えるように歪められた。

「ところで、その子はあの時の‥?」

僕の気のせい‥だろうか‥

一瞬怪訝そうに顰められた視線が、雅紀さんから一歩後ろに控えた僕に刺さったような気がした。

「智です。事情(わけ)あって松本の家から連れ帰りました」

対すり雅紀さんは、変わらず穏やかな微笑み(えみ)を浮かべたまま僕を振り返ると、もっと近くに来るようにと、視線だけで訴えた。

恐る恐る膝を前に進めた僕は、隠しきれない緊張を湛(たた)えた目で隣の雅紀さんを見上げると、すっかり冷えてしまった手で、下衣の膝を掴んだ。


かつて雅紀さんの情人であった僕を、この方はきっと快くは思っていないだろう‥


現に、僕が離れに移ってからという物、一度だって顔を合わせたことはなかった。


きっと嫌われてる‥


ずっとそう思っていた。

でも実際はそうではなくて、

「そうか、随分と大きくなって…。そうしていると、母君の若かりし頃を思い出すようだ」

慈しむような声と、過ぎ去った昔を懐かしむような視線が、縮こまった僕に向けられた。

「母‥様‥?あの、旦那様は僕の母様をご存知なのですか?」

「勿論だとも。松本も私も、君の母君とは同じ学舎で共に時を過ごした間柄だからね」

雅紀さんのお父様が松本と懇意にしていたことは知っていた。

でもまさか母様まで‥

良く考えれば分かることなのに、どうしてそこまで考えが至らなかったのか‥

「で、では父上は、この子が‥智が、大野伯爵のご子息であることをご存知だったのですか?」

雅紀さんの問いに、書棚から一冊の古びた本を取り出すと、背表紙に書かれた僕の名前を指でなぞった。

「このまるで川面を流れるような美しく、それでいて芯の強さを持った文字を書く人は、君の御母上をおいて他にはいないからね…」

と言って‥。
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