愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
挨拶が済めば俺がここに留まる理由は無い。
後ろに控えていた使用人を呼ぶと
「庭に出る‥あれを持ってきてくれ。‥‥くれぐれも温め過ぎるなよ。」
素早く耳打ちし、壁際に佇み静かにこちらを見る彼のもとへ歩みを進めた。
「さあ‥これでお役御免だ。これでゆっくりと君のお相手ができるよ。‥雅紀の大切な人だからね。丁重におもてなしさせていただくよ。」
水分の多い瞳で俺を見上げていた彼は、その言葉に僅かに唇の端を上げた。
俺は陽の傾きかけた空を仰ぐと、見晴らしのいい青芝を抜け木々の梢が趣きのある場所に設えた場所へと足を向けた。
彼は不安げに辺りを見渡しながら、少しずつ俺との間合いを近づけて‥
「広い庭ですね‥迷ってしまいそうで、こわい‥」
そう言うと俺の腕に縋りつくように、自分のそれを絡める。
可愛らしいところもあるじゃないか。
「大丈夫だよ‥ほら、あそこで少し休もう。」
青銅色の椅子があるそこを指差す。
すると後ろから草を踏む足音がして、使用人が赤い液体の入った美しい硝子を持って近づいてくる。
その音に驚いた彼は絡めていた腕を解くと、赤いそれを見て
「‥‥あれは何です?僕‥見たこと‥ない‥」
少し怯えを含んだ瞳で小首を傾げた。
そうか‥飲んだことがないのか。
雅紀は本当に‥お前を大切にしていたようだな。
「あれは葡萄で作った飲み物さ。‥寒いだろう?あれを飲めば少しは温まる。」
そう言って彼を座らせると、白い布で覆われたところに使用人が給仕したそれを勧める。
俺は初めて見る赤い液体を前にして、戸惑いを隠しきれない彼の目の前でそれを口にしてみせた。
そしてその酔いを確かめる。
‥いい感じじゃないか。
「いい香りだ‥飲んでみるといい。」
使用人が遠ざかる足音を聞きながら、木洩れ日に輝く硝子の中の飲み物に視線を向けた。
少し不安げにそれを手にした彼は
「本当に‥葡萄の香りがする‥。」
その芳醇な香りに安心したのか、それにも勝る赤い唇をつけて‥