愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
和也side
二人一緒に部屋を出ては怪しまれるだろうと、雅紀さんを送り出してから、少し遅れて俺は部屋を出た。
何食わぬ顔で広間に戻り、何事もなかったかのように盆を手にした俺は、人と人との隙間を縫うようにして漸く広間の中央へと辿り着いた。
瞬間、俺の目に飛び込んで来た光景に、俺は思わず声も、そして言葉すらをも失った。
まさかこんな場所で対峙することになるなんて‥
予期せぬ事態に、俺は一瞬天を仰いだ。
一見華やかに見えて、でもそこだけは暗雲が立ち込めているかのように、薄暗く…まるで別世界を見ているかのようだった。
互いに牽制し合う親子と、困惑の色をその顔に浮かべながらも、それでも尚その場をやりそ過ごそうと思案を巡らせる二人‥
その間で智さんは一体‥
この世で最も忌むべき存在に触れられ、この上なく屈辱的な言葉を投げかけられて‥
それでも涙一粒も流すことなく、笑みまで浮かべている。
俺はそんな智さんに、微かな違和感を感じずにはいられなかった。
違う‥
あれは笑っているんじゃない‥
では怒り、なのか‥?
いや、それとも違う‥
透き通るような白い肌は更に色を失くし、極限にまで達した感情の昂りは、誰に気付かれることも無く、まるで血の色で染められたかのような唇を妖しく歪めていた。
長年智さんの傍でその姿を見てきた俺でも、背筋が凍り付くくらいに狂気の色を宿している。
その顔が、ほんの僅か一瞬だけ伏せられた。
俺はてっきり旦那様から視線を逸らしたのだとばかり思っていたけど、それは思い違いで‥
智さんは衣囊に突っ込んだ手元を確かめると、その手をそっと背中に回した。
あれはまさか‥!
一瞬智さんの手元できらりと光った物‥俺の目には間違いなく小刀のように映った。
早まってはいけない‥!
俺は盆を手にしたまま、人並みを掻き分け智さんの元へと駆け寄った。
その時、もう一人の人物が更に強い狂気を秘めながら、二人の間に割って入ろうとしているなんて、全く気づきもせずに‥