愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
智side
男が徐に胸に飾ったハンケチで指を拭う。
僕をここまで貶めた張本人が自分だとも知らず、まるで穢らしい物にでも触れたかのように、忌々しげに‥
僕の怒りは頂点に達した。
‥いや違うな‥
この男と対峙したた瞬間から、僕の怒りはとうに頂点を通り越し、この男への殺意だけが僕の脳を支配していた。
今なら殺せる‥
今ならこの男を、僕の手で葬ることが出来る。
僕は小刀の柄を衣囊の中でしっかりと握ると、辺りに注意を払いながらすっと背中に隠した。
そして仇の顔をきっと睨め上げると、手のひらにべったりとかいた汗で、ともすれば指の隙間から滑り落ちてしまいそうになる小刀の柄を、更に力を込めて握り込んだ。
その時、
「いけない! 智さんっ!」
不意にどこからか僕の名前を呼ぶ声が聞こえて、僕は声のした方を一瞬振り返った。
そう‥、ほんの一瞬だけ‥
指を拭ったハンケチを床に放り、男が背を向け歩を進めた瞬間、僕は背中に隠し持っていた小刀を胸の前で構えた。
「智っ‥!」
僕の行動に素早く気付いた翔君が声を上げた。
でもその声は僕の耳に届くことはなく‥
「父様と母様の仇っ‥!」
僕は叫びながら、男との距離を一気に詰め、
「死ねっ‥!」
僕は男の背中に向かって小刀を振りかざした。
ああ‥、これで漸く積年の恨みを晴らすことが出来る‥
そう思った時だった。
僕の視界が一瞬真っ暗になったと思ったら、そのまま僕は床に弾き飛ばされ、僕の手から滑り落ちた小刀がからんと音を立てた。
「と、父様っ‥!」
「父上っ‥!」
瞬間広間に沸き起こる悲鳴と、
「智さん!」
駆け寄り、僕を抱き起こす和也の声に、僕は何が起こったのか分からず、首を軽く振って霞む視界に目をこらした。
「えっ‥、これは一体‥」
見上げた先に見えたのは、男の背中におぶさるように密着した小柄な老婆の姿‥
その手の先からは、赤黒い液体が伝っては、床にぼたぼたと落ちている。
「どう‥して‥?どうして澤が‥?ねぇ、どうしてっ‥!」
事態が飲み込めず、僕は和也の腕を掴むと、呆然とする和也を乱暴に揺すった。