愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
まだ僕が幼かった頃に目にした、あの恐ろしくも哀しい光景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
計らずして起きた未曾有の事態に、身の危険を感じた両親は、幼い僕を大きな古時計の中に隠した。
「何が起きてもここから出るんじゃないよ?それから、何を見ても、何を聞いても声を上げるんじゃないよ?いいね、智」
「とぅ‥たま‥?」
「ああ‥、可愛い私の坊や‥」
「かぁ‥たま‥?」
あの時、母様が最後に見せたあの涙を‥、小さな僕を抱きしめてくれたあの腕の温かさを、僕はこの年になるまで、一度たりとも忘れたことはない。
いつか‥
いつの日か、仇を打つまで‥
その思いだけで、僕はこれまで生きてた来たんだ。
その仇が‥
僕の両親を‥、あの優しかった父様と母様を死に追いやった張本人が、今、すぐ近くにいる。
そう思った瞬間、一度は胸の奥深くに仕舞い込んだ筈の感情が一気に溢れ出し、まるで嵐の如く沸き起こる怒りと悲しみに心が打ち震えた。
遂に来たんだ‥
漸く積年の恨みを晴らす時が、遂に‥
湧き上がるどす黒い感情に、背広の裾を掴んだ手はいつしか拳に代わり、微動だに出来ない足は、かたかたと音を立てた。
そして僕の怒りが頂点に達しようとしたその時、男が僕の目の前でその足を止め、
「なんだ…この男は…」
蛇のような目で僕を見下ろし、氷のように冷えた感情を持たない声で言った。
瞬間、僕の背中が冷たい物が流れた。
そして今までの誰とも違う、ごつごつとした手が僕の顎先に触れた時、腹の底から沸々と湧き上がってくる怒りと、吐き気をも催すような嫌悪感に、その場に立っていることがやっとなくらいに、目の前がぐにゃりと歪んだ。
僕の肩を抱いた潤の腕がなければ、もしかしたらその場に倒れていたかもしれない。
でもそうならなかったのは、父様と母様を殺した男への復讐心から、だったのかもしれない。
僕はそっと背広の腰の辺りに縫い付けられた衣嚢(ポケットの意)に手を突っ込み、もしもの時のためにと忍ばせておいた小刀の柄を掴んだ。