愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
智side
身の置き場なんて、どこにも見当たらなかった。
ただただ息苦しくて、目の前にある懐かしい笑顔ですら、今はとても悲しく見える。
ああ、どうして僕はあの時、この手を離してしまったんだろう‥
もしあのままこの手を離さなければ、この心優しい人にこんなにも悲しい顔をさせずに済んだのに‥
ごめんなさい、雅紀さん‥
愚かな僕を許して‥
もう二度とは掴むことの出来ない大きな手に縋りたい一心で、僕は一瞬手を伸ばしかける。
でも‥
駄目だ‥
この手はもう僕の物ではない。
和也の‥
咄嗟に引っ込めると、背広の裾をきゅっと掴んだ。
その時、雅紀さんの背後で小さな影が動いて、雅紀さんはその影の主を確かめることなく、広間を出て行った。
あれはおそらく和也だ。
不測の事態に、和也だってきっと混乱しているに違いない。
この僕だって、この現状が未だのみ込めずにいるのだから‥
そう言えば翔君は‥
和也がここにいるということは、翔君もこの広間のどこかに‥
僕は潤の腕に肩を抱かれながら、取り囲む人垣を掻い潜って視線だけを広間に巡らせた。
このどこかに翔君が‥
触れることが叶わないのであれば、せめて一目だけでも姿を‥
そう思った時、広間の入り口の方が俄に騒がしくなり、まるで潮が引くかのように、招待客が左右に別れ、道を開けた。
「ふん、漸く御大のお出ましか‥」
「えっ‥?」
ぽつり呟いた潤の視線が、ある一点に集中する。
その目は憎しみ‥なのか、酷く険しく歪められ、僕の耳元に口を寄せると、
「見てみろ、あの品性の欠片もない、慾に目が眩んだ男の姿を‥」
まるで嘲るような口調で言って、この広間にいて一際目を引く存在を指で指し示した。
「あの‥方は‥?」
「俺がこの世で最も嫌いな男の一人‥俺と翔の父親だ‥」
「えっ‥?」
まさかあの人が‥?
あの男が、僕の父様と母様を‥?
僕は背広の裾を握った手がわなわなと震え出すのを感じていた。