愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
「ほう…、もう終わりか…?」
松本は昔の情人に微笑みかける私に、揶揄いを含んだ言葉を投げつける。
面白がっているのか…
だとすれば、人の心を弄ぶような真似をする彼の真意は…
私は牽制の眼差しを彼に向け
「君がいいと言うなら、別室で心ゆくまで話しをしたいと思っているよ…?」
それでも声だけは穏やかなまま、揺さぶりを掛ける。
すると彼は私が未練のあまり口走ったと思ったのか
「くくっ、それは無理な相談だな。俺はそこまでお人好しじゃないんでね」
小さな肩を抱いている手に力を込めた。
「仕方ない…、ではまた日を改めるとしよう」
「雅紀さん…」
そう言って一歩下がった私を悲しげな瞳が追う。
すまない…智……
これだけ大勢の人の目があるなかでは、どうすることもできなかった。
できるだけ傷つく者の無いようにと秘密裏に事を進めようと思ったのが間違いだったんだろうか。
私が迷いながらもその場を離れると、
「雅紀さん、こちらへ」
背中で小さな声がした。
自分を見つめていた瞳が伏せられるのを見ると、私は声の主の後を追って大広間を出た。
小さな背中を追い翔君の部屋へ入ると、長椅子の上にあの日の為に誂えてやった藍天鵞絨の背広が置いてあるのが目に飛び込んできて…
「和也、どうしてこんな事になっているのか…知っていることがあったら教えてくれないか?」
自分の方に向き直らせると、彼もまた困惑した表情で首を横に振った。
「わからないんです、翔坊ちゃんも驚いてらして…」
「じゃあ、突然ということだね?」
「はい…、もうどうしたらいいのか。兎に角、翔坊ちゃんも暫く様子を見て、お声を掛けるって仰ってました」
皆、困惑している…
どうすればいい…
全く想定もしていなかった状況に打つ手はあるんだろうか?
それとも今日は諦めるしかないのか?
委ねられた判断に迷ってしまう。
「仕方ない…、少し様子を見て、智が先に部屋へ帰されるようなら連れ出すこともできるかもしれないが、それも時間次第だろう。私や翔君が智に声を掛ければ目立ってしまうし、連れ出すことは不可能だ。」
「じゃあ…智さんを助けるのは?」
「恐らく無理だろう…。また日を改めるより他無い」
口惜しいが…
何一つ、策が思い浮かばなかった。