愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
威風堂々と階段を下りて行く潤の背中に隠れるようにして、広い玄関へと続く階段を一段一段、縺れそうになる足元を確かめながら下りていく。
忙しく行き交う使用人達が、擦れ違う度にその足を止め、潤に向かって恭しく頭を下げ、そしてその後ろで身を縮こませる僕を見るなり、一様に首を傾げた。
当たり前だ。
この屋敷の人間で、僕の存在を知っている者など、ほんの数人しかいないのだから‥
訝しむのも無理はない。
潤の後ろに着いて進むにつれ、開け放たれた大広間の入口から向けられる無数の視線と、同時に群がって来る男達。
潤はそれらに応えるでもなく広間の中へと足を進めると、大胆にも僕の肩を抱き寄せた。
「潤‥様‥、このような場で‥」
慌てて手を振り払おうとするけれど、拒めば拒む程にその手は強くなる一本で‥
「ふん、構うものか。なんならこの場で接吻でもしてやろうか?」
そう言って僕の頬に唇を寄せて来る始末。
なんて下品な男‥
流石の僕も声を荒らげそうになったけど、ここで事を起こしてしまっては、それこそ全てが台無しになってしまう。
ただでさえこんな番狂わせが起きているのに‥
僕はされるがまま、潤に身を預けた。
その時、ふと僕を見つめる視線を感じて、僕は辺りに視線を巡らせた。
すると、給仕の手を止め、石のように固まった和と目が合った。
どう‥して‥
そう言いたいのだろう‥、驚いたように見開いた両の目から伝わって来る。
僕は潤に気取られないよう小さく首を振ると、そっと瞼を伏せた。
ごめん、和也‥
ごめんね‥
和也は僕の意を察したのか、慌てたら様子で手にしていた盆を近くの台に置き、どこかに向かって並み居る客を掻き分けるように足早に駆け出した。
きっと翔君の元へ行ったんだろう‥
そう思ったその時、
「さと‥し‥?智なのかい?」
背後からかけられた聞き覚えのある声に、僕の心臓が跳ね上がり、潤に抱き寄せられた肩が震えた。
「まさ‥き‥さん‥」
ゆっくり振り返った視線の先には、やはり和也同様、驚きのあまり目を見開いた雅紀さんの姿だった。