愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
翔side
部屋に一人残った澤は長椅子の傍まで来ると、床に膝をつき、おれの片手を取って自分のそれで撫でる。
なんで澤がおれの手を取ったりするんだろう?
和也が事情を話して鍵を譲り受けたとはいえ、その事と澤がおれに話したいこととの関係がわからなくて。
暫くその様子を見ていたけれど、どうにもその理由がわからない。
「どうしたの…、話したいことって…なあに?」
おれはもう片方の手で澤の手を止めると、俯いている顔を覗き込む。
するとゆっくりとおれを仰ぎ見たその顔には、なんとも言えない哀しさが漂っていた。
「なにか…あったの?」
「私は‥長く生きて、色んなものを見てきました…。」
彼女はそれが楽しいことばかりではなかったと思わせるような表情で。
「坊っちゃま方のお小さい頃のことも、昨日のことのように覚えております。とても可愛らしかった…。子の無い私にとっては我が子のよう可愛くて、お二人が大きくなられるのが生きがいでした。」
小首を傾げ、微笑みを浮かべておれを見る。
「そうだったね…、母上が無理の利かないお身体だったから、澤にはいっぱい遊んでもらって。楽しかったよ」
「ありがとう、ございます…。坊っちゃまにそんな風に言っていただけるなんて…、澤は幸せ者でございます。でも私は…自分だけそんな幸せな夢ばかりを見て…、その陰で悲しみの涙を流していた方のことを忘れていました…」
「悲しみの涙を流していた人って…、まさか、澤…」
「ええ、大野伯爵様の坊っちゃまのことでございます。私はあの方々のことを存じ上げておりました。」
おれたちが生まれるより前から、ずっとこの屋敷にいた澤はあの話を知って…いる?
「知り合い…だった、の…?」
「お小さい頃のお姿を、それがまさかあの方だったなんて…」
澤は口惜しそうに唇を噛む。
「私は忘れてはいけなかったのに…。あの方々の…、自分の思いを」
「澤…」
目を閉じ俯いてしまった肩をそっと撫でて
「でも智はきっと許してくれると思うよ…?おれも一生を掛けてでも償っていくつもりだから…ね?」
だから澤にも話せない秘密があって罪の意識があるのならば、一緒に償いができればと思った。
すると
「そうですね…、私にできることはたかが知れておりますが、坊っちゃま方のお幸せを…祈っております…」
安心したように僅かに微笑んだ。