愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
「ところで、お前はこちらに仕える以前はどちらのお屋敷に?」
「あの、それは・・」
思いもよらない問に、返答に困った俺は、ついその先の言葉を詰まらせてしまう。
「いやね、前から思っていた事なんだけどね、お前は頭も賢いし、気立てだって悪くない。作法だってまずまずのところを見ると、余程格式のあるお屋敷でお世話になっていたんじゃないかと思ってね」
空になった湯呑みに、酒をつごうとする澤さんの手から酒瓶を取り上げ、酌をする。
やはり疲れているのか、それともよっぽど澤さんの口に合ったのか、酒の進みが早い。
「まあいい・・」そう小さく呟いた澤さんは、再び湯呑みを傾け、程なくすると、まるでぜんまいの切れた人形のようにぱたりと動かなくなると、ちゃぶ台に突っ伏したまま鼾をかき始めた。
つい最近も同じ光景を目にしているから、それ程驚くこともないけれど、何度見たってこの様子には肝が冷える。
俺は澤さんが完全に寝付いたのを確認して、首にかけた布紐に手をかけた。
その時、
「何のつもりだい?」
俺の手首を、ごつごつとした手が掴んだ。
俺は心臓が飛び上がりそうになりながら、咄嗟に手を引くと、その場に平伏した。
「ご、ごめんなさい! どうかお許しを・・」
まさか起きてたなんて・・
どうにかしてこの場を切り抜けないと・・
でも体の良い言い訳なんて出て来る筈もなく、俺は畳に爪を立てた。
「こんな物をどうしようって言うんだい?」
「そ、それは・・」
言えない・・
もし俺が口を割れば、坊ちゃんや雅紀さんにも迷惑をかけることになる。
俺はどうしたら・・
「お前の事だ、何か理由があるんだろ?」
咎めるでもない、憂いを含んだ声が俺の胸に突き刺さる。
「誰かに脅されているのかい?だったら・・」
「ち、違います!そんなことは断じて・・」
「なら理由を言えるだろう?さあ、言ってごらん」
とうとう逃げ場を無くした俺は、
「ある人を助けたいんです」
今にも消え入りそうな声で言った。
「ある人と言うのは・・?」
「それは・・」
「まさか、あの子・・。そうなのかい?」
澤さんは俺の肩に手を置くと、項垂れた、ままの俺の顔を覗き込んだ。