愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
屋敷に戻ると、広間には祝宴の準備が既にされていて、俺は坊ちゃんに帰宅の挨拶と、雅紀さんからの言伝を報告してから、澤さんの指示を仰ぐべく、澤さんの部屋を尋ねた。
澤さんは相変わらず憮然とした様子で招待客の名簿に目を通しながら、俺に向かってあれこれと用事を言い付けた。
流石は長年松本家の台所を預かって来ただけあって、澤さんの指示には無駄がない。
俺は澤さんの指示通り、使用人達に混じって忙しく動き回りながら、多くの人に溢れるであろう広間と、着飾った客人達が出入りする玄関の下見に専心した。
一つ間違えば、計画は全て失敗に終わる。
そのためには、準備を怠るわけにはいかなかった。
夜になり、祝宴の準備も終わったところで、俺は坊ちゃんの部屋を尋ねた。
坊ちゃんはどうにも落ち着かない様子で、机と長椅子の間を行き来しては、大きく息を吐き出した。
「坊ちゃん、お茶でも飲んで少し落ち着いては如何ですか?」
って言っても無理だろうけど‥
明日のことを考えると、俺でさえ落ち着かないのだから、坊ちゃんにしてみれば尚のことだと思う。
「あ、ああ、そうだね。おれがこんな調子では智を不安にさせてしまうね」
「そうですよ?智さんは坊ちゃんだけが頼りなんですから」
長いこと智さんに仕えて来たけど、智さんのあんな顔、今まで一度だって見たことがない。
「待ってるから‥。僕、翔君が迎えに来てくれるの‥待ってるから‥」
綺麗な涙を流しながらそう言ったあの時の智さんの表情(かお)‥、あれは心から坊ちゃんを信頼しているように見えた。
「ところで、例の物はどうなったの?」
空になった湯呑みを茶托に戻し、思い出したように身を乗り出す。
「例の物とは‥あの魔法のような飲み物のことですか?」
一度口にすれば、あの澤さんでさえ妖術にかかったかのように深い眠りに誘うことの出来る、独特の匂いを醸す飲み物のことを思い出した。