愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
雅紀side
‥‥もう‥限界だった。
指の隙間から砂がこぼれ落ちていくように、愛おしい者の心が私の中から姿を消していくのを目の当たりににするのは‥耐えられなかった。
潤に呼ばれた青年の案内に付いて、自分の心が流した血の道のように赤い絨毯の上を歩き、ようやく来客用の部屋までたどり着いた私は、堅苦しい背広を脱ぐと視界の端に映った白い手にそれを手渡す。
「何か必要な物がございましたら、ご用意しますが・・」
寝台に身を投げるように横になった私に気遣わし気に声を掛けてくれた青年。
私は特にはないと返事をしたものの、目を瞑った瞬間、さっき背広を受け取ってくれた手と、智の頬に触れていた白い手の印象が重なって‥‥
‥‥そんなはずは‥
降って湧いた突拍子もない直感で、こちらに背を向けて離れようとした手を掴んでしまった。
不意に手を取られた青年は、驚いた顔で私を振り返る。
「ちょっと待って? 君はもしや智の・・」
私はそこまで言いかけて‥
でもまさか‥こんなところに智と繋がりのある人間がいるだなんて、それこそ荒唐無稽な話だと思いなおした。
その青年は私の手を振り払うこともできずに、少し困ったように眉を下げて
「‥一体なんのお話のことなのか‥お人違いでは‥。」
そう言って目を伏せると、柔らかな手でそっと私の指を解く。
‥小さい手だな。
歳の頃は智と変わらないんだろうか‥。
「すまなかった‥私の思い違いだったのかもしれない。君の手の白さが私の記憶にあるものと重なってしまったようだ。‥‥怖い思いをさせてしまったね。」
「‥いえ‥そんなことは‥。」
私が引き留めてしまったが故に立ち去ることもできずに、その場で俯いてしまった。
本当に雪のように白い肌を持つ青年。
「‥‥少しだけ‥話し相手をしてくれないか‥?ひとりにはなりたくなくてね‥。」
言葉少なではあるが、穏やかな‥優しげな声が、傷ついた私の心に少しだけ温もりをくれた。
寝台の端に腰掛けた私は、彼に椅子を持ってこさせて斜向いに座らせたけれど、居心地が悪そうに椅子に浅く腰掛けた青年は、やはり困ったような表情を浮かべていて
「やはり‥使用人の私が椅子に座るのは‥」
と立ち上がりかけるのを片手で制した。