愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第11章 海誓山盟
澤さんは酒豪らしくあっという間に瓶の半分程を飲み干すと、何やら口をもごもごと動かし始めた。
呂律が回っていないせいか、何を言っているのはかは聞き取れないけど、多分愚痴なんだろうな‥と思う。
澤さんみたいな人でも愚痴って溜まるもんなんだな‥
俺はくすりと笑うと、空になった湯呑みに次々酒を注いだ。
暫くすると、澤さんの目がとろんと虚ろになり、やがて湯呑みと酒瓶を持ったままちゃぶ台に突っ伏してしまった。
大‥丈夫、だよね?
まさか死んでる、なんてことはないよね?
俺は恐る恐る澤さんの手から湯のみと酒瓶を取り上げると、端に寄せてあった布団をすぐ側まで引き寄せた。
ごめんなさい。
でもこうするしか他に坊ちゃんの願いを叶える術がなくて‥
すっかりちゃぶ台の上に伏せてしまった身体を布団に転がし、その襟元から覗いた麻紐を手で手繰った。
そしていよいよ目的の物が目に入った瞬間、俺の手首を、皺だらけの骨ばった手が掴んだ。
「ひっ!」
俺は一瞬息を呑むと、その場から一歩後ずさり、
「すっ、すいませんっ、俺‥っ!」
額を畳に擦り付けた。
失敗した‥と、折角立てた計画も全部お終いだと‥、そう思った。
もうこの屋敷にはいられないかもしれない、と‥
俺は澤に向かってひたすら頭を下げ続けた。
でも‥
聞こえて来たのは激しい叱責ではなく、豪快と言うに相応しい程の大鼾(いびき)で‥
「嘘‥だろ‥?もう、驚かせんなよ‥」
全身の力が一気に抜け落ち、俺は額にじんわりとかいた脂汗を手の甲で拭った。
「ぐずぐずしてる暇はない‥」
俺は再度覚悟を決めると、手繰り出した麻紐を、そっと‥それこそ細心の注意を払いながら、澤の首から抜き取った。
よし、手に入れたぞ!
後はこの鍵を無事坊ちゃんの元に届ければ‥
俺は物音を立てないよう、静かにその場を離れた。
そして木戸を小さく開け、辺りに人がいないことを確認してから、大の字になって横たわる澤さんを振り返り、
「一時だけですから‥、後でちゃんとお返ししますから‥」
頭を下げた。