愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
雅紀side
‥‥‥どうしたというのだ‥。
一体何が‥‥
つい今しがたまで私の手の中にあった白百合の花弁のような指先は、別の男の掌の上に乗っている。
招待客たちの笑いさざめく大広間に誘(いざな)われてゆく智は、一度も私を振り返ろうとはしなかった。
それだけではない。初対面の男が細腰に手を回しても、嫌な顔ひとつしないどころか、小首を傾げて不安げな表情(かお)までしてみせて。
私は一瞬にして掌を返したような愛しい者の冷淡な様に困惑し‥
やがてそれは絶望へと変わっていった。
なぜ智は私に、そんな仕打ちをするのだろうか‥‥?
煌びやかな世界を見て‥威風堂々たる我が友に触れて、よもや心変わりをしてしまったとでも‥‥?
そんなはずはない!
私たちの結びつきは、そんな軟弱なものでは無かった筈だ!
あれほどまでに私を慕い、私の懐で安穏を得て‥
己が自ら‥私の手を取り、目眩く愛の世界へと導いたではないか!
あれは‥‥偽りであったのか‥‥?
私に背を向け、他の男の腕に身を委ねて‥まるで、あたかもそこが自分の居場所であったかのような様に、言葉を失った。
そして腹心の友は憂慮していた通り、私の愛おしい者の持つ真価を一瞬にして見抜いてしまったのだ。
‥‥やはり‥
美しい君を籠の外に連れ出すべきではなかった‥。
羽ばたくことを許してはいけなかったんだ‥。
幾重にも鎖をかけ、私という籠の中に留めておくべきだったんだ。
青ざめる私の目の前で余裕に満ち溢れた表情を浮かべ、我がものの如く智を連れ回す親友であるはずの男の恐ろしさ‥
そのギリシャ彫刻のような彫りの深い横顔に、濡れた瞳を向け、禁断の甘い香りで誘う智の姿を見せつけられて、深淵の底に突き落とされたような気分だった。
「雅紀‥顔色が悪いようだが。少し休んだ方がいい‥部屋を用意させよう。」
貴族としての自尊心だけで辛うじてその場にいた私に、友人を慮る仮面を被った男が、まるで引導を渡すかのようにそう告げた。
そして私の愛した男は、静かな微笑みを浮かべただけだった。