愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
雅紀に手を引かれて進み出た青年は、ゆっくりと瞬きをし俺の視線を捉える。
ほう‥さすがだな‥‥。
この歳で男を骨抜きにするだけのことはある。
美しいだけでなく、憂いを滲ませ庇護欲と執着を煽るような表情(かお)をする青年は、名を大野智と名乗った。
俺は握手を求めた手に遠慮がちに伸ばされた白い手を取ると、そのまま軽く引き寄せて、もう片方の手を藍天鵞絨(あいびろうど)の背中にまわす。
すると彼は手元を見ていた視線を上げて、少し恥じらうような仕草を見せて‥
「さあ大野さん、中へどうぞ。」
広間へいざなうと、それまで手を繋いでいた雅紀を振り返りもせずに、俺とともに歩みを進めた。
「外は寒かったかい?少し手が冷たいようだか。」
一度離した指先に軽く触れれば
「いえ‥そんなことは。ただ少し‥」
といったっきり口籠ってしまう。
「少し‥、どうしたんだい?言ってご覧?」
躊躇うような‥焦らすような彼の口ぶりに騙されたふりをする。
心根の優しい雅紀なら本気で心配をするのだろうが‥
俺はそこまでお人好しではないのだよ‥。
「こんなに晴れがましい場には慣れてなくて‥少し‥落ち着かなくて‥‥」
大野智は柔らかく俺の指先を握りかえすと、不安げに瞳を揺らした。
「大丈夫だよ。雅紀も‥それに俺もそばについているのだから、案ずることなど何も無いさ。」
そう言って彼の反対側にいる雅紀を見ると、不安顔の上に何とか笑顔の仮面を貼り付けているものの‥‥
可哀相に‥想い人の手を俺に取られ、ここに連れて来たことを後悔している顔だった。
雅紀‥‥やっぱりお前は正しかったよ。
彼を此処に連れてくるべきでは無かったな。
この青年はお前が思っているような男では無い。
みるがいい‥‥
男を淫らに誘い込もうとする情欲の焔をちらつかせた瞳を。
己の美しさを知り、どうすれば男が悦ぶのかを知っている仕草を。
大野智の濡れた瞳は
俺の中にあった羨望を‥欲望へと変えた。
来るがいい‥‥お手並みを拝見するとしよう‥