愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
潤side
屋敷の門を潜った石畳の上で、馬蹄の彈く軽やかな音と馬車の揺れる音が引っ切りなしに聞こえてくる。
俺は次々と大広間に足を踏入れる客人たちを出迎えながら、腹心の友とその想い人が到着するのを今か今かと心待ちにしていた。
あれほど明るく社交家な雅紀が夜会にも顔を出さなくなるほどに、その心を虜にしてしまったという‥想い人。
俺に会わせることを散々渋っていたのに、どういう心境の変化なのかは分からないが、ようやくその想い人を見せてくれる気になったと聞いて、この会を開いた。
‥‥どんなにか美しい御婦人だろうか‥
色恋などにはさして興味を示さなかった男の心を、それほどまでに夢中にさせてしまう御婦人とはどれほどのものなのだろう‥。
俺は尽きぬ好奇心と羨望の思いを満たしたくて仕方がなかった。
程無く、懸命に取り入ろうとする客人たちと挨拶を交わす俺のところに、彼らの来訪の知らせが届く。
‥いよいよお出ましだな。
「‥失礼。申し訳ないが、腹心の友を出迎えたいのだか、よろしいかな?」
目の前で御託を並べる偏屈そうな文人の言葉を視線で制すると、踵を返し玄関へと向かった。
俺が近づくと広間の外に出る大きな扉が開き、吹き抜けのそこに案内を付けずにいる雅紀と、その後ろ‥女性ではない人影が隠れるように立っているのが目に飛び込んでくる。
‥‥男‥なのか?
あいつは俺を揶揄ったのだろうか‥。
雅紀よりひと回りほど小柄な人影は、明らかに女性のそれではなかった。
しかし、2人の間でひっそりと繋がれた手は、友人関係を示すものではない筈。
‥‥そういうことか‥。
俺の好奇心はひとつ‥満たされた。
友人同士の挨拶を交わす雅紀の後ろで、息を潜めるようにしている青年。
柔らかく少し長めの黒髪と白絹のような美しい肌色に、細身を隠す藍天鵞絨(あいびろうど)の背広がよく映えていた。
そして藍が際立たせる赤い唇‥。
これが腹心の友である俺にまで隠したがっていた想い人か。
‥‥面白いじゃないか。