愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
澤が熱さましだと言って飲ませてくれた頓服が効いてきたのか、重たくなった瞼を擦りながら翔君の残り香と共に布団に潜り込んだ。
「さあ、もう少しお休み?どうせ坊ちゃんは明け方までお戻りにはならないだろうからね」
僕の肩に布団をかけ、澤がその皺だらけの手で頭を撫でてくれる。
それがとても心地よくて‥
「僕が眠るまで‥ここにいてくれる‥?」
おかしいな‥
誰かに甘えたいと思うなんて‥
澤だって迷惑に思ってる筈‥
潤の世話だけじゃなく、澤のことだから屋敷の切り盛りだって任されているに違いない。
老体に鞭打つ澤が、僕なんかの我儘を聞き入れてくれるとは、到底思えない。
「ごめん‥、無理‥だよね‥」
僕は澤に背を向けると、頭から布団を被った。
一人の寂しさには慣れてる。
でもこんな時は、少しだけ‥って思ってしまうんだ。
「もう行って?僕なら大丈夫だから‥」
いつまで経っても部屋から出て行く気配のない澤を急かす。
でも、
「しようのない子だね‥。眠るまででいいのかい?」
予想もしていなかった言葉に、僕は布団を捲り、困ったように笑う澤を見上げた。
「本当に‥いいの‥?」
「どうせ後は部屋に帰って寝るだけだ。少しぐらいなら構わないよ。その代わり、何もしてやれないけどね」
そう言って澤は僕の肩に布団をかけ直し、傍にあった椅子を寝台の横まで引き寄せ、よっこらしょと掛け声をかけながら腰を下ろした。
「うん‥、それでもいい‥」
傍にいてさえくれれば、それ以外には何も望まない。
「あり‥がと‥う‥」
「礼なんかいらないから、早くお休み?また坊ちゃんが戻られたら‥」
澤が言いかけて口を噤む。
でも聞かなくたって、澤が何を言いたいかくらい分かる。
「そうだね‥。もうねなきゃね‥、お休み‥」
「ああ、ゆっくりお休み」
僕は澤の、普段はあまり見せることのない柔らかな微笑み(えみ)に見守られるように、静かに瞼を閉じた。