愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
智side
夢‥だったんだろうか‥
それにしてはやけに生々しく残る感触‥
僕は乾いた唇を指でなぞった。
ううん、まさか‥
だってこの部屋の鍵は、部屋の主である潤と、その潤の世話係でもある澤だけ。
いくら弟でも、翔君がこの部屋に自由に出入り出来る筈なんてない。
そうか、きっと熱のせいで‥
じゃなきゃあんなこと‥
「おれと逃げてくれる‥?ここを出て、おれと一緒にいよう‥」
なんて、翔君が言うわけないもの・・
そうだ、熱が見せた都合の良い夢だ。
僕は怠い身体を少しだけ起こして、朦朧とする頭を軽く降り、壁に耳をぴたりと着けた。
嫌われていることは分かってる。
でも‥せめて声だけでも‥
なのに壁の向こうからは、物音一つ聞こえては来なくて‥
馬鹿だな‥
この期に及んで僕は一体何を期待しているんだろう‥
諦めにも似た気持ちで息を吐くと、一瞬は握った手を膝の上に落とした。
その時、ゆっくりと扉が開いて、桶と手拭いを手にした澤が部屋に入って来た。
「おや、もう起きて大丈夫なのかい?」
澤は桶を適当な場所に置いて、僕の額に手を伸ばした。
「どれ‥?」
僕の額と自分の額とを交互に触って、澤が首を捻る。
「まだ熱があるようだね。着替えだけ済ませたらもう少しお休み」
桶と一緒に持って来た寝巻きを僕に手渡すと、澤は硝子の器に水を注ぎ、懐から小さな白い包みを取り出した。
僕はそれを横目で見ながら、渡された寝巻を広げた。
「これ‥は‥?」
一見して着古しだと分かるそれは、明らかに僕のための物ではなくて‥
汗でしっとりと濡れた寝巻を脱いだ僕は、広げた寝巻に袖を通すのに躊躇してしまう。
「ああ、それかい?それはね、翔坊ちゃんがついこの間まで着てらした寝巻でね‥。もう丈も裄も足りなくなって雑巾にするところだったんだよ」
翔君の‥?
握ったままの寝巻の襟に、そっと鼻先を近付けてみると、いつか嗅いだことのある、翔君の残り香が僕の鼻を擽った。
僕は翔君の匂いが染み込んだ寝巻にゆっくり手を通した。
すると不思議なんだ‥
身体だけじゃなく、心まで翔君に包まれているような、そんな気がした。