愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
「言ってくれるねぇ。さすが松本の後継ぎだな。」
生田はそう言って女越しに雅紀を見て豪快に笑うと、芸妓たちはそれに合わせて歓声を上げる。
金のある男に身請けされるのが一番の幸せだと信じている哀れな女たちを尻目に
「お前も俺に飼われたいのか‥藍乃。」
結い上げられた髪を掬い、ふっくらとした耳元で囁く。
すると紅をのせた唇をふっと緩ませた藍乃は、幼い目を情欲に潤ませて小さく頷いてみせた。
俺は座敷の隅にいた女給に目配せをすると
「お前が飼う価値のある女かどうか、確かめさせてもらおうか。」
肘掛けを押し退けて立ち上がる。
「おいおい、もう行ってしまうのか‥。旧知の友より可憐な花に心癒されたいか?」
「ああ、たまには女を抱くのも悪くない。すぐに事に及べるのが楽でいい。」
芸妓たちのくすくすと笑う声に生田の呆れたような言葉が掻き消される。
何処と無く智と似た雰囲気を漂わせる藍乃は恥ずかしそうに顔を伏せると、すっと立ち上がって先に部屋を出ていった。
「優しくしてやらねば‥あの子は座敷に出たばかりだろう?」
雅紀が隣に座る年上の芸妓にちらりと視線を流すと、
「左様でございますね。でも初めてのお相手が松本様なら藍乃も幸せでございましょうね。」
女は白い指先で口元を隠しながら、含みのある眼差しで俺を見た。
知ったことか‥
どうせひと時身体を重ねるだけのことに、幸福など必要ない。
そこにあるのは快楽だけだ。
それを愛だと勘違いした挙げ句に情交を拒む智より、最初からそんなものは存在しないと割り切っている藍乃の方が余程まともかもしれん。
「抱かれる時がくることを承知の上で座敷に出てるんだ。相手が誰だろうと関係ないだろう。好きなように抱くさ。」
俺は紳士面をする雅紀を牽制するような目で見返すと、さっと開いた襖の外に出た。
先導する女給の後について二階へ上がると、途端に酒宴のざわめきが遠いものになり‥
「こちらでございます‥」
そのためだけに設えられた部屋の手前で身体を譲った女は、視線を伏せたまま後ろに下がる。
「入るぞ。」
ひと声掛けて襖を開けると、行燈の灯が揺れるなか、整えられた寝間の横で正座をして待っていた藍乃が顔を上げて、濡れた瞳で俺を見つめていた。