愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
潤side
「年の瀬の慌ただしい時に、何だってこんなにお前の我が儘に付き合わなきゃならないんだ。」
つい一昨日前も一緒に呑んだばかりだというのに、陽気な外交官はまたも俺を料亭へと連れ出した。
しかも今日は雅紀と3人だけということもあって、神楽坂の中でも少し落ち着いた雰囲気の店で‥
「まぁそう言うなって。俺もまた欧州行きが決まってるから、松本や相葉と日本の酒を飲んでおきたいんだよ。」
隣で酌をする芸妓の肩を抱きながら盃を呷る。
まったく‥
どこまで周りを振り回すのが上手い男なんだ。
渋々ながらもこうして一緒に酒を飲んでいるのは、きっと生田の性根が自分には無いものだからなのかもしれない。
誰からも愛されて‥生田自身も万人を愛するような男だから。
そしてその隣でにこにこと笑っている雅紀もまた同じで、その優しさはどんな頑なな人の心も解いてしまう。
認めたくは無いが、そのどちらも俺に欠けているものばかりだった。
「嬉しいことを言ってくれる。私もこうして友と酒を酌み交わすことができるのは喜ばしいことだと思っているからね。幼い頃からお互いを知り尽くしてるからこそ‥旨い酒が呑めるというものだ。」
雅紀はのんびりとした声で言うと、何事も無かったかのように俺に笑い掛けてくる。
この男は俺を恨んでいるんじゃないのか‥?
智という情人を俺に奪われて、誂えてやった背広に情交の痕までつけられたというのに、そんな相手に笑いかけるなんて‥とても俺にはできない芸当だ。
幼い頃から雅紀の優しすぎるほどの性根を知ってはいたが、想像もつかないほどの寛容さには感心を通り越して、半ば呆れてしまう。
女に興味の欠片も無いくせに、酌をする芸妓にまで気遣いを忘れない男を小賢しいとさえ感じた。
「酒が旨いかどうかは女次第だろう。」
俺は一昨日初めて顔を合わせた藍乃の腰を抱き寄せて、その弾みに小さな声を出した頸に唇を這わせた。
「おっ、松本も漸くその気になったか。」
揶揄い混じりのその声を鼻先で笑うと、半ば当て付けのように酒を呷った。
「馬鹿馬鹿しい‥。女にしろ男にしろ、飼うのは容易いことだ。」
手懐けるとなれば‥また別の話なんだよ。