愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
「翔君、私は智を連れ出すだけで事が済むとは思っていない。松本は手引きした人間も‥連れ出した人間も許さないだろう。そしてそこに君が関わっていると知れれば、怒りは更に大きくなる筈。」
すっかり冷静さを失くしたおれに淡々と語る雅紀さんの表情の厳しさを見れば、どれだけ大変なことをしようとしてるのかは分かってるつもりだった。
わかってるつもりなのに‥
自分の考えが安直で甘くて‥子供だって。
だけどどうしても智のことが心配で堪らなくて。
何も言えなくなったおれを見て、ふぅっと息を吐いた雅紀さんは
「和也、今夜鍵を持ち出すことはできそうかい?」
おれから隣に座っている恋人に視線を移し、声を低くして尋ねる。
するとつられて見つめた先で戸惑った表情(かお)になった和也は、おれと雅紀さんを少し不安そうに見比べて小さく頷いてみせる。
「多分、大掃除やなんかで疲れてるはずだし、そんな時は割とゆっくり風呂に入ってるみたいですし‥少しの間なら。」
心を決めたようにそう言った顔を見て軽く頷いた雅紀さんは
「そうか、ならば後は松本をどれだけ長く引き留めておけるか‥だな。」
一計を案じるように、少し唇の端をあげて。
「それって‥?」
「今夜、松本は酒席に出掛けるはずだ。その隙を狙って智の様子を見てくるといい。」
「じゃあ今夜の誘いは雅紀さんが‥?」
兄さんを誘い出すために手を回してくれたってこと?
「ああ、今の私に出来ることといえば、それぐらいしかないからね。できればお気に入りの芸妓でも見つけてくれると有り難いのだか‥なかなか靡いてくれなくてね。」
苦笑いをしながら話す雅紀さんがすごく大人の男に見えて‥
自分がいかに子供かって思い知らされた。
おれが自分に無い落ち着きを持っている彼に羨望の眼差しを向けていると、
「あの‥芸妓って?」
その世界を知らない和也が不思議そうに首を傾げていて。
苦笑いをしていた雅紀さんが少し気まずそうな顔になると
「お座敷に来る女性たちだ。なんというか‥酌をしてくれたり、話し相手になってくれたりしてくれるのだよ。」
言葉を濁しながら説明していた。
まさか雅紀さんがそんなことまで考えてくれていたなんて知らなかったおれは、大人しく年長の彼に従うしかなかった。