愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
手を付けることなく置いてきてしまった饅頭に未練を残しながら、雅紀さんに着いて部屋に入った。
「遅くなって済まなかったね」
雅紀さんは俺達に座るよう促すと、鳶色の上着を脱ぎ、長椅子の背凭れに引っ掛けた。
折角の背広が皺になってしまう‥
俺は一度は下ろした腰を上げ、背広を手に取ると、洋服箪笥の衣紋掛けに掛けて吊るした。
「流石、和也は気が利くね」
「だって皺になってしまったら、折角良くお似合いになってたのに、台無しになってうでしょ?」
言ってしまってから、急に恥ずかしさが込み上げる。
俺ってば、これじゃあ世話焼き女房みたいだ…
「ところで‥」
顔を赤くした俺にくすりと笑って、雅紀さんの顔が真剣な物に変わった。
「こんな暮れも押し迫る時期に話とは、只事ではない‥ということかな?」
流石雅紀さんだ。
翔坊ちゃんの認めた手紙に何が書いてあったのか、俺には分からないけれど、恐らくは智さんのことだとは思う。
でもそれを一瞬で理解してしまえるのは、やっぱり雅紀さんが俺達より大人だからなのかな‥
「実は、どうやら智が床に伏せているみたいで‥」
「智が? 容態は‥?悪いのかい?」
雅紀さんの顔がみるみる曇って行く。
いくらもう終わった関係とは言え、小さな頃からずっと面倒を見てきたんだ、その身を案ずるのは当然だ。
「い、いえ、お医者様もいらしてないようですし、多分風邪か何かだろうと‥」
「そうか、ならば一先ず安心ではあるが‥。ただ、あの子は元々身体は丈夫い方だから、その子が床に伏せるとは、余程のことだろうな」
ずっと智さんを傍で見て来た雅紀さんだからこそ分かることなんだろうな‥
俺は胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
「で、私に相談とは?まさか智が床に伏せていることを報告に来ただけではあるまい」
「おれ、考えたんです。どうにかして、おれの誕生会の前に智を連れ出せないか、って‥。でもおれ達二人だけの力じゃ、なんとも仕様がなくて‥」
ね、とばかりに坊ちゃんが俺を見るから、俺も慌てて大きく頷いて見せた。
「成程‥、そういうことなら協力は出来なくもないが‥」
雅紀さんが唸りながら、両腕を胸の前で組んだ。