愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
和也side
いつものように、真っ直ぐ雅紀さんの部屋に向かうつもりだった。
なのに‥
「あら、あなたは確か‥」
階段を登る寸での所で、雅紀さんにどこかしら面差しの似た女性が俺達を呼び止めた。
「そうだわ、松本様のお宅の‥」
「翔‥です、おばさま。お久しぶりです」
“おばさん”と呼んだ女性は、どうやら坊ちゃんとは顔見知りだったらしく、両手を叩くと、品の良い顔を綻ばせた。
「そうよ、翔君だったわね。まあ、すっかり大きくなられて。今日はどう言った用向きで?雅紀に用事かしら?だったらまだ暫く戻らないと思うけれど‥」
俺達は一瞬顔を見合わせてから、雅紀さんが戻るまで部屋で待たせて貰うことを告げた。
でも‥
「だったら、こっちへ来て一緒にお茶でも如何?丁度頂き物の美味しいお饅頭もあるのよ?」
「は、はあ‥、でも‥」
「さあさあ、こっちへいらっしゃいな」
雅紀さんのお母さんは俺達に優しく笑うと、小さく手招きをしてから廊下の奥へと足を進めた。
「仕方ない‥ね‥」
やれやれとばかりに坊ちゃんが眉尻を下げた。
奥の座敷へと通された俺達は、出されたお茶と饅頭を目の前に、何とも居心地の悪さを感じていた。
尤も、坊ちゃんは元々顔見知りだっただけあって、臆することなく会話をしているけど、俺に至っては、身分の違いを考えると、同じ卓を囲んでいることすら烏滸がましく感じる。
早く雅紀さん帰って来ないかな‥
頭の端でぼんやり思いかけた、丁度その時だった。
開け放った襖の向こうで、くすりと笑う声がした。
「もうそろそ私の友人を開放しては頂けませんか?」
襖の向こうから現れたのは、笑いを噛み殺そうと必死な様子の雅紀さんで‥
すらりとした長身に鶯色の背広を纏ったその姿に、俺の心臓が跳ね上がる。
智さんのことを思えば、不謹慎だけど‥、とてもとても不謹慎だとは思うけど‥
愛しい人の立ち姿に、俺は見惚れていた。