愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
雅紀side
あの晩餐会の夜から顔をあわせる度に、私の想い人に会ってみたいと言い続けていた潤は、若い芸術家たちの交流のためという名目で、親しい学友たちが面倒をみている者たちが集う場を設けた。
私たちが玄関に入ると、到着するのを待ち構えていたかのように大広間の扉が開いて、晴れやかな表情を浮かべた潤がこちらに向かって、ゆったりと歩いてくる。
そしていつものように挨拶を交わした潤は、私の後ろに身を隠すようにしていた智を見つけると、自分で招いておきながら、わざとらしく声を掛けた。
‥呆れたものだ‥全く。
学生時代よりも更に強引な彼の態度に、ざわざわと胸が騒ぐ。
何故こんなにも胸が騒ぐのか。
智が私を誘うときにみせるような仕草を潤に向けて‥‥
それを見た潤の目が値踏みするようなものになり、満足げに細められたからか。
私は引き合わせてしまった2人の間に流れた空気に、胸騒ぎを酷くしていった。
更にそんな私の胸の内を知ってか知らずか、潤は握手を交わした智の手を自分のほうに軽く引き、空いている手を小さな背中に添えると、
「さあ大野さん、中へどうぞ。」
優雅な立居振舞いで私の愛しき者を、大広間へといざなう。
そして智も私を振り返る事無く、一歩ずつ‥‥離れていった。
大広間の中は庭に面している硝子張りのフレンチドアからのあたたかな陽射しが繊細な織りのペルシャ絨毯を美しく際立たせ、漆喰の壁の白は眩しいほどで‥何度もここに来ている私でさえも、その美しさに溜息が洩れてしまうほどだった。
そしてこの贅の限りを尽くした豪奢な広間では、文学で身を立てることを志す者、音楽家として羽ばたきたい者、そして智のように芸術を愛する者たちが、未来の成功を夢見て熱く語りあっている。
そして今日初めて松本家に足を踏み入れた智も‥
少し不安そうな表情(かお)をしながらも、時折潤を見上げてははにかむような笑顔を見せて、その空気のなかに溶け込んでいった。
私の知らない顔をしている智が、とても遠くにいるかのように感じてしまい‥
胸の中のざわつきが‥確信へと形を変えはじめてしまった。