愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第3章 兎死狗烹
馬車が屋敷の玄関のすぐ前で止まる。
松本家の従者・・だろうか、背広を着込んだ男が、恭しく頭を下げ、馬車の扉を開いた。
雅紀さんが先に馬車を降り、僕に向かって右手を差し出す。
・・けど、僕はその手を取ることなく、小さく首を振って見せる。
一瞬、困ったように眉を下げる雅紀さんだが、仕方ないなと言う風に両手を伸ばすと、僕の腰を掴み、ふわりと抱き上げるようにして馬車から降ろした。
「ようこそ、おいで下さいました」
「松本は?」
「広間でお待ちでございますよ?ささ、こちらへ・・」
「いや、勝手知ったる他人の家だ。案内は不要だ」
「左様でございましたね。では、私目はこれで・・」
僕をチラリと見ることもなく、また深々と頭を下げる男に見送られ、僕は雅紀さんに手を引かれたまま、屋敷の中へと足を踏み入れた。
「うわぁ・・」
吹き抜けの高い天井、金の装飾が目に眩しい長く伸びた柱、床は大理石だろうか・・、二階へと続く階段には、真っ赤な絨毯が敷かれていて、それは玄関にまで伸びている。
贅の限りを尽くした、と言う表現が似合いの、西洋建築の様式をふんだんに取り入れた、豪奢な内観に、思わず溜息が零れる。
「松本の父君は兎に角派手好きでね。調度品なども舶来の物が多いんだよ?」
僕の耳元で、雅紀さんが声を潜める。
「どうした?驚いて声も出ないようだな?」
そう言って雅紀さんが喉の奥を鳴らすように笑った、その時・・
細かな細工の施された、一際大きな扉が開き、一人の男性がこちらに向かって右手を上げながら歩み寄ってきた。
「良く来たな、雅紀」
「他でもない、君の招待を私が断れると思うかい?」
二人が握手を交わし、お互いの肩を叩き合う。
その光景を、僕は雅紀さんの背中に隠れるようにして見ていた。
「おや?そちらは?随分可愛らしい顔をしているが・・紹介してくれないか?」
その言葉に、雅紀さんが握ったままの僕の手を引く。
「さあ、ご挨拶なさい」
促されて一歩前に踏み出した僕は、その日本人離れした、まるで彫刻のような顔を見上げながら、礼儀正しく頭を下げ、
「本日はお招き頂き、何とお礼を申し上げて良いのか・・」
か弱くも、憂いを含んだ顔を、その男に向けた。