愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
和也side
智さんの様子がおかしいと、気を動転させる翔坊ちゃんを、俺が探りを入れるからと説き伏せ、俺は台所に向かった。
そうでも言わないと、翔坊ちゃんのことだから、とんでもない行動に出兼ねない。
それこそ我が身の危険も顧みず、露台伝いに‥なんてことも考えられる。
俺は忙しく動き回る使用人たちの行動に目を光らせた。
あれ‥?
不意に俺の視界に飛び込んできたのは、氷水を張った木桶と手拭い、そして見慣れない藍色の湯吞みだった。
もしかして智さん‥
「あの、これは‥?」
俺は思い切って夕食の下ごしらえに腕を振るう松岡さんに声をかけた。
すると松岡さんは、
「ああ、これかい?なんでも病人が出たとかで、澤さんが‥と、いけねぇ。澤さんには黙っとくよう言われてたんだっけ‥。わりぃな、和也」
額に巻いた捩じり鉢巻きを外し、俺の頭をぽんと叩いて勝手口から庭へと出て行った。
病人て、まさか‥?
俺は煮えた湯を急須に注ぐと、それを手に再び翔坊ちゃんの部屋の扉を叩いた。
「どうだった?何か分かった?智は‥智はどうしてしまったの?」
俺が部屋に入るや否や、翔坊ちゃんは矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「坊ちゃん、どうか落ち着いてください。今お茶を淹れるんで‥」
「何か分かったんだね?ね、お茶なんてどうでもいいから、早く聞かせて?」
急須を傾けようとする俺の手を掴んで、俺に長椅子に座るように促した。
「実はですね、俺の推測ですが、智さん風邪を引いたんじゃないかと‥」
「智が風邪を‥?どうして?どうしてそう思うの?」
どうにも落ち着かない様子の坊ちゃんに、俺は台所で見た木桶のこと、そして松岡さんがうっかり口を滑らせたことを話して聞かせた。
「そうか、智が‥。心配だな‥。熱は高いんだろうか‥。ああ、おれが傍にいて看病してやれればいいのだけれど‥」
到底叶いそうもない事を口にして、坊ちゃんは隣りの部屋とを隔てる壁に視線を向けた。
「坊ちゃん、ことは急を要するかもしれません。もう一度雅紀さんとしっかり策を練ってみてはいかがですか?」
これ以上智さんを辛い目に合わせるわけにはいかない。
「そうだね、それがいいかもしれないね」
俺達は坊ちゃんのの休暇を利用して、雅紀さんを訪ねる計画を立てた。