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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第10章 智勇兼備


暫くすると、呼び鈴の音を聞き付けたのか、澤が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。

澤が慌てるのも無理はない。

だって本来この呼び鈴を鳴らす筈の主は、今この部屋にはいないのだから‥

澤は最初こそ潤の留守に呼び鈴を鳴らした僕を咎めたが、僕の額に手を宛てるなり、今度は悲しげに眉を潜めた。

「どうだい、何か食べたい物はあるかい?」

氷水で濡らした手拭いを僕の額に乗せ、濡れた手で僕の頬を包んだ。

全身の熱がすっと冷めて行くようで、気持ちがいい。

「いら…ない…」

掠れた声で答える僕に、澤は深い溜息を一つ落とすと、

「困ったねぇ‥、少し腹に入れた方がいいんだろうけど、仕方ないね。ほら、白湯だけでもお飲み?」

自分で起き上がることすら出来ない僕を抱き起こし、年老いた細腕で僕の背中を支えながら、僕の口元に湯呑みを宛てがった。

こくり‥、と喉を白湯が通って行くのが分かる。

「さあ、もう少しお休み」

ゆっくり僕を布団に横たえ、皺だらけの手で頭を撫でてくれる。

思いがけず優しくされたことで、思わず目頭が熱くなる。

「おやまあ、形(なり)は大きくなっても、まだまだ子供だねぇ‥」


何だろう、この感覚‥

遠い昔にも同じようなことがあったような‥

そうだ、あれはまだ僕が両親の愛に包まれていた頃‥

僕が風邪をひくと、いつも母様は、今の澤と同じように、優しく頭を撫でてくれた。

それに父様だって、夜中じゅう僕の傍にいてくれたっけ‥


「と‥さま、かあ‥さま‥、会いた‥い‥」

心細さからか、不意に口をついて出た言葉に、涙が溢れる。

「可哀想に‥」

僕の涙に濡れた頬を、渇いた手拭いで拭きながら、澤がぽつり言う。

でも、その声は僕の耳に届くことはなく‥


僕は深い深い眠りについた。
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