愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
智side
再び静寂を取り戻した部屋の中で、僕は一人膝を抱えていた。
時折壁の向こうから物音が聞こえる度、壁に耳をぴたりと当ててみるけど、壁が叩かれることは一向になかった。
翔君は、口ではどんな僕でも好きだと言ってくれたけど、実際のところはどうだか分からない。
こんな慾に塗れた姿を見て、何とも思わないなんてこと‥ありはしないもの‥
きっと軽蔑したよね、僕のこと‥
簡単に男に足を開くようなふしだらな子だ、って思ったよね?
しかもその相手が翔君のお兄さんだなんて‥
嫌われても仕方ないよね‥
なのに僕をここから連れ出そうなんて‥
そんなの出来やしないのに‥
もし仮に出来たとして、その先には悲しみしかないのに‥
君を悲しませたくない。
こんな僕に、例え嘘でも好きだと言ってくれた翔君を、僕は悲しませたくないんだ。
だったらいっその事、このまま潤に飼い殺しにされた方が、よっぽどましだ。
それなら誰も傷付けないし、悲しませることもない。
それでいいんだ‥
別れ際に触れた翔君の唇の感触を思い出して、僕はそっと指で唇をなぞった。
温かかったな、翔君の唇‥
それにとても柔らかくて‥
あのキャンディーのように甘かった。
でももうあの唇に触れることは、二度とないんだ。
そう思うと、目頭がじんと熱くなって来て‥
僕は寝台の上で膝を抱えると、そこに顔を伏せた。
どれだけの間そうしていたのか、気付くと窓の外はすっかり夜が更けていて、澤が忙しく部屋の中を動き回るのを、ぼんやりとした視界で眺めていた。
あの人がもうすぐ帰って来るんだろうか‥
でもそれを澤に問う気力も、指先一つ動かすのだって億劫に感じる。
翔君に嫌われた‥
際限なく打ち寄せる波に全ての感情が攫われてしまったような‥喪失感だけが僕の胸を埋め尽くしていた。
「さあ、いつまでもそんな格好していないで‥もうじき潤坊ちゃんが‥。あっ‥、おかえりなさいませ‥」
僕の襦袢の乱れを直そうと、澤が手を伸ばしかけて、咄嗟にその手を引っ込めた。
そして言葉もなく差し出された外套を受け取り、深々と頭を下げた。