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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第10章 智勇兼備


「ま、そういうことだ。」

適当なやつだな‥。

「相変わらずだな。よくそれで外交の仕事ができたもんだ。」

揶揄い混じりに放った俺の言葉にニヤっと笑った生田が

「何事も柔軟で機敏な動きが求められるんだよ?」

そう言って片手を上げると、開いた襖の向こうから一斉に料理の膳が運び込まれる。

その後に続き、艶やかな芸妓やだらりの帯を揺らす舞妓たちがさわさわと座敷へと入ってきて‥それぞれ馴染みの相手を見つけた女たちは、その男に寄り添う美しい華と化した。


雰囲気の一変した座敷で、女を侍らせることもなく柔らかな笑みを浮かべているのは雅紀ぐらいのもので、生田の前に進み出た一人の舞妓が俺の方に膝を向けると

「藍乃と申します‥」

鈴を転がしたような声で挨拶をする。

すると生田は待っていたと言わんばかりに

「この娘はまだ旦那が付いていなくてね。どうだ、可愛らしいだろ?」

と下唇だけに紅を引いた舞妓の手を取り、こちらを振り返った。

そしてその言葉の意味するところのわかった雅紀までもが、ちらりとこちらに視線を向ける。

「何の真似だ?俺にそのつもりは無いのは知ってるだろう。」

そんな話は今までにも幾度となくあった。

だが花街にさほど興味のない俺は馴染みを持っていなかったし、そのつもりもなかった。


「勿論、知ってるさ。何も無理にってんじゃないしね‥ただたまにはどうかなぁなんて思ってね。」

「生田‥これがお前の仕事なのか?」

ひょいと肩を竦めた生田は、藍乃という芸妓の手にした徳利から酒を注いで貰い旨そうにあおると、

「まさか⁈ふふっ‥ま、外国人には受けがいいのは確かかな。取り敢えずさ、堅苦しいのは抜きにして今夜は呑もうじゃないか。」

楽しげに笑い‥

いつの間にかその調子に乗せられた俺は、知らず知らずのうちに盃を重ねていた。




「おい生田、何でまた急に呑もうなんて話になったんだ?」

お互い酒も進み、気のいい外交官は赤い顔をして藍乃の肩を抱いている。

「ああ、それは雅紀の誕生日の祝いをしようってことになったからさ。」

「雅紀の‥ああ、そうか‥。」

「少し過ぎてしまったけど、騒ぐにはいい口実だろう?」


なんだ‥そういうことか。


思っていたような目論みは無いのだとわかって、ほっとした自分がいた。
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