愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
潤side
普段なら急な誘いに出掛けることは無いのだが、屋敷の何処にいても癪に触ることばかりで苛立っていた俺は、生田たちの集まるという料亭に赴いた。
年の瀬だからと呑んで騒ぐだけの宴だったとしても、嬲り飽きた獲物が横たわる部屋にいるよりかは気も晴れるだろう。
表で出迎えていた男の案内について濡れた敷石を行けば、奥の入り口では女将が膝をついて待つ姿が見えた。
「ようこそ‥お待ち申し上げておりました。」
優雅に指をつき微笑んだ女将は、すっと立ち上がると外套を預けた俺を中へと先導する。
「他の者達は揃っているのか?」
「ええ、皆さまお揃いでいらっしゃいます。松本様がお越しになるのをお待ちかねの御様子でしたよ」
「そうか‥」
くだらない‥
所詮、その程度のものだろうとは思っていたが‥
主賓でも無い俺を待っているということは、そこには何らかの目論みがあるんじゃなかろうかと思うようになったのは、いつの頃からだろうか‥。
そんな邪推など無かった頃は、もっと気楽に酒を酌み交わすことができていたのに。
「馬鹿げてる‥。」
誰もが自分の立場をわきまえるようになると、自然にそれも無くなっていった。
石燈籠から洩れる灯りが趣きを醸し出している庭に沿って進んだ奥の座敷の手前で僅かに歩みを緩めた女将は
「こちらでございます。」
と襖の手前で膝をつき引手に指を掛ける。
「もういい。下がれ。」
その指の上から引手に手を掛けた俺が入るぞと一声かけてそれを引くと、中には連絡を寄越した生田の他に同窓の学友たちが数人集まっていた。
「おっ、漸く来たか。急に呼び出したりして悪かった。」
和かに手を振る生田の隣には雅紀の姿もあった。
俺は手招きされその席へと向かいながら、学友たちと挨拶を交わす。
「一体、何事なんだ?」
首謀者と思しき男の隣に腰を下ろした俺が宴の趣旨を問い質そうとすると、
「たまにはいいじゃないか。煩わしいこと抜きで酒を酌み交わしたいと思ってね。」
柔らかな笑みを浮かべた雅紀が盃を持ち上げてみせた。