愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
和也side
廊下の柱の陰で息を潜めていると、ほんの僅かな時間でさえも、とても長く感じられて‥
坊ちゃんと智さんが中で何を話しているのかを気にしつつも、俺は扉と階段下を何度も繰り返し見ては、柱にかけられた時計に視線を向けた。
そしてそろそろ刻限が迫って来た頃、俺は潤坊ちゃんの部屋の扉を叩いた。
坊ちゃんには申し訳ないが、これ以上はもう無理だ。
澤さんが風呂から上がってくる前に、鍵を元に戻しておかないと、大変なことになってしまう‥
それでも開くことのない扉に、焦燥感だけが募っていく。
何をしているんだろう‥
急がないと澤さんが戻ってきてしまう‥
俺はもう一度、今度は少し強めに扉を叩いた。
すると程なくして静かに開いた扉から、瞼を真っ赤に腫らした翔坊ちゃんが顔を出した。
「ごめん、和也‥」
「坊ちゃん‥。お話は後で‥。取り敢えず鍵を‥」
「う、うん‥」
俺は坊ちゃんの手から鍵を受け取ると、鍵穴に差し込んだ。
「坊ちゃんはお部屋へ‥。俺は鍵を元に戻してから、また戻ってきますから‥」
今にも泣き崩れてしまいそうな坊ちゃんを自室へと促し、俺は階段を転がるように駆け下り、使用人部屋へと急いだ。
そして澤さんの部屋の前まで来ると、辺りに注意を払いながら、そっと戸を引いた。
敢えて灯りはつけず、月明りだけを頼りに鏡台の引き出しを開けると、そこに小さな鍵を落とした。
良かった‥、間に合った‥
ことを終え廊下に出ると、一気に安堵感が込み上げて、緊張から解放された膝がかたかたと震え出す。
「おや、和也じゃないか。こんな所で何をしているの?」
突然声をかけられ、肩がぴくりと上がる。
「あ、あの‥、坊ちゃんの明日の支度をするのを忘れていて‥、それで‥」
咄嗟に思い付いた言い訳を口にしながら、ゆっくり後ろを振り返った。
「そうかい。熱心なのはいいけど、早く休まないと身体に堪えるからね」
澤が湯上がりで火照った顔を綻ばせた。